記事: 【伝統工芸の旅】浄法寺漆の里へ!国産漆の採取と活用を学ぶ(岩手県)

【伝統工芸の旅】浄法寺漆の里へ!国産漆の採取と活用を学ぶ(岩手県)
全国各地には、その土地ならではの伝統工芸を受け継ぐ職人や工房があり、日本の文化を支えています。日本工芸堂の代表・バイヤーの松澤が作り手をたずねる「伝統工芸の旅」。
今回は、日本国内で数少ない国産漆の産地、岩手県二戸市の「浄法寺漆の里」を訪れました。極小量しか採れない貴重な漆が、どのように採取され、活用されているのかを体験。さらに、漆の器の制作背景を万だり地元の料理やお酒を楽しむ時間も。職人たちの技と、漆が生み出す豊かな文化をお伝えできればと思います。
目次
漆をめぐる現状
この30年のライフスタイルの変化により、漆や漆製品の需要が大幅に減少しました。その結果、安価な漆への依存が続き、現在では国内で使用される漆の約92%を中国産が占めています。他方で、文化財修復に必要な国産漆も供給不足という状況で、伝統工芸品や漆器製造の現場では国産漆がほぼ入手困難な状況です。このように、日本の漆産業は過度な外国産依存による脆弱な構造が形成されている背景があります。
国産漆のふるさと、浄法寺漆の里とは?
岩手県二戸市浄法寺町は、日本の国産漆の約80%を生産する浄法寺漆の拠点「漆の里」です。ここでは、漆を採取する「漆職人」、器を作る「木地師」、漆を塗る「塗師」など、多くの職人が伝統技術を受け継いでいます。ここで漆掻き職人によって採取される生漆は、その品質の高さで知られ、日本地理的表示(GI)登録品にも指定されています。
奈良・法隆寺をはじめとする国宝建造物の修復にも使用されるなど、日本の伝統文化を支える重要な産地です。また、文化庁は2018年度から、国宝や重要文化財建造物の保存修理には原則として国産漆を使用する方針を打ち出しています。これにより、浄法寺漆の価値と需要はさらに高まり、日本の文化財を守るうえで欠かせない存在となっています。
今回は「浄法寺漆林」を訪れました。岩手県二戸市は積極的に漆を育てており、ここは日本の文化財修復に必要な漆を確保し、職人の育成を目的とした森です。この漆林は、文化庁の「ふるさと文化財の森システム推進事業」の一環として設置され、資材の供給と技術研修の場として活用されています。
極小量の漆をどうやって採取する?体験レポート
次に訪れたのは、小西美術工藝社が所有する漆林です。ここでは、職人が一本一本の漆の木に傷をつけ、そこから流れ出る漆を丁寧に採取する「漆掻き」が行われています。漆掻きは非常に繊細な技術で、一本の木から採れる漆の量はほんのわずかです。
<漆掻きの作業手順>
以下の手順で行われます。今回は2番目の工程から職人の指導を受けながら体験させてもらいました。
・鎌ずり:鎌(カマ)を使い、傷をつける位置の樹皮をはぐ。
・水平に傷をつける:カンナの曲がった刃で木の表面に水平な傷をつける。
・メサシで細かく傷を入れる:カンナの尖った刃(メサシ)で、傷に沿ってさらに細かい傷を入れる。
・漆の採取:滲み出た漆をヘラで掬い、漆桶(タカッポ)に移す。
漆掻きを実際に体験してみると、取れる漆は数滴程度で、その貴重さに驚きました。職人の技と根気があってこそ成り立つ仕事であり、改めてその偉大さを実感しました。
小西美術工藝社、うるしの生産を担う
漆塗りや彩色、金箔押しといった伝統技術を継承し、全国の文化財を守り続けている小西美術工藝社、その二戸支社に伺いました。2016年に設立された二戸支社は、国内最大の生漆生産地であるこの地を拠点に、漆掻き職人の育成や未来に向けた資源造成に力を入れています。
取材に応じてくださった漆生産部門総責任者の福田さんによると、「木を植え、育て、漆を採り、塗る」という一連の仕組みを構築し、国産漆の生産を支えているそうです。この取り組みは、文化財修復に欠かせない国産漆の供給源として重要な役割を果たしています。
特に注目した点は、里山にウルシを植えて育て、漆掻き職人が手作業で生漆(きうるし)を採取するという持続可能な漆生産の仕組み。福田さんは「苗木づくりから植林後の保育管理まで、一貫した資源造成に取り組んでいます」と語り、地域全体で漆産業を未来へと繋げていこうとする強い意志が感じられました。
関連:小西美術工藝社、うるし生産
地元の味覚と漆器の魅力
旅が進み、二戸市でのいただいた食事では、温かみのある浄法寺塗の器が登場しました。漆器は、口当たりが柔らかく、熱を伝えにくいため、器としてとても使いやすい特性を持っています。使い込むほどに艶が増し、修理を重ねながら世代を超えて愛される漆器は、まさに「暮らしの器」。また、地元の新鮮な食材を使った田舎料理やお酒を漆器でいただくと、その風合いがさらに引き立ち、食事そのものが特別なものに感じられました。
浄法寺塗の歴史
平安時代に始まり、現在の浄法寺塗につながる漆器が作られるようになったようです。地元、天台寺の僧侶たちが、日々の食事に使うために自ら作った器がその起源とされています。これらの器は装飾が少なく、素朴で実用的な普段使いのものが特徴で、質素倹約を重んじる寺の生活がその特徴に影響を与えたと考えられています。
明治時代に入ると、福井県今立地方から出稼ぎ職人「越前衆」が岩手に進出し、新しい手法を浄法寺塗に取り入れ、地域の技術が発展しました。
浄法寺漆器を制作・販売する工房訪問
滴生舎(てきせいしゃ)では、塗師の方に案内していただき、浄法寺漆を使用した漆器の製作工程を伺いました。 木地師や塗師が手作業で仕上げる漆器は、どれもが素朴で美しく、使いやすいデザインで、その魅力に引き込まれました。
残念ながら、人気の高さから取引には至りませんでしたが、それだけ多くの人々に愛されている証拠だと思います。今後ますます注目される工房であることを実感しました。
さらに、県外の若者が続々と移住し、漆掻き職人は増えているそうです。漆掻きができない冬場には漆器を作る職人も多く、地域全体で漆文化が盛り上がりを見せているとのことのようです。
自然の恵みを活かす暮らしと伝統の未来
二戸市では、漆掻き技術の継承や職人の育成、漆器の無料貸し出しなど、伝統工芸を支えるさまざまな取り組みが行われています。地域全体で漆文化を守り、未来へつなげようとする姿勢には深い感銘を受けました。
今回の旅を通じて、国産漆の奥深さや地域とのつながり、その価値を肌で感じることができました。日本の伝統工芸が持つ力を改めて実感し、その魅力をより多くの人に伝え、次の世代へと受け継いでいくことの重要性を改めて考えさせられました。
南部美人酒蔵にて特別に浄法寺漆の器体験も。
【おすすめ動画】「奥南部漆物語~安比川流域に受け継がれる伝統技術~」は地域の歴史と文化がよくまとまっています。(二戸市役所日本遺産プロジェクト推進室、転載許可済)
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