歴史から紐解く会津塗の特徴と魅力とは。技術が光る作り方をご紹介

歴史から紐解く会津塗の特徴と魅力とは。技術が光る作り方をご紹介

会津塗とは?

会津塗は、福島県の西部に位置する会津地方に江戸時代から伝わる伝統技法で作られた工芸品です。

会津地方は、越後山脈や奥羽山脈などの山脈に囲まれており、盆地特有の湿潤な気候が漆を扱う環境として適していました。

会津塗の特徴として、縁起のいい意匠や多彩な加飾の美しさが挙げられます。他の漆器に比べて、浅く細い溝を掘るため装飾は柔らかな表情を感じさせます。

本記事では、会津塗の歴史にふれながら、その特徴や伝統技法、作り方をご紹介していきます。また日本工芸堂スタッフお気に入りのオススメ漆器も御紹介しています。ぜひご覧になってくださいね!

 

会津塗の歴史

始めに、どのように会津漆器が生まれ、現在まで脈々と受け継がれてきたのか、その歴史を紐解いていきましょう。

室町時代に誕生した会津塗

会津地方は古くから漆の産地で、生産が始まったのは輪島塗や津軽塗りよりも早く、室町時代に始まっていたと言われています。

当時、会津藩の藩主は盆地の気候を活かして漆の木の植林を始めました。漆の木の種は硬い果皮に覆われ、自然な発芽が難しい為、自然に漆の木を増やすのは非常に難しいです。

さらに漆の木から漆の樹液を採取すると、その木は役目を終えて伐採されてしまいます。果物のように、翌年も同じ木から同じ量の樹液(漆の原料)を採ることが出来れば良いのですが、それが出来ないのが漆の木の栽培の難しいところです。

そこで漆の木を増やす為には、苗木を確保して人が植林する必要があります。このような漆の木の性質を理解し、会津藩は漆の木の植林をすすめてきました。

漆の樹液から取れる漆は防腐力や抗菌力が高く、漆を塗った漆器は古くから暮らしに取り入れられ、漆器づくりも広まっていったと言われています。

このように盆地特有の気候と山に囲まれ材料に恵まれたこと、また安土桃山時代以降の藩主によって漆の木の栽培が奨励され、代々会津塗が保護されてきた背景があり、会津塗が発展してきました。

 

秀吉の命令でやってきた蒲生氏郷が産業成立させた会津塗

安土桃山時代になると豊臣秀吉の命令で会津藩藩主となった蒲生氏郷(がもううじさと)によって産業としての会津塗の基礎が作られました。
千利休の弟子を務めていいた蒲生氏郷は、弟子の中でも特に優れた利休七哲に数えられる文化人でした。蒲生は、会津に来る前は日野椀という漆器の産地として有名な滋賀県日野の領主でした。

当時、蒲生は会津入りに際して木地師(キジシ)や塗り師など日野出身の漆器の職人を会津に招き、高い技術力を会津の職人に広めました。こうして、会津に漆器産業が成立したのです。

蒲生によって設置された「塗大屋敷」と呼ばれる漆器の伝習所では、職人の育成や技術の向上がなされるとともに会津藩からの保護を受けるようになりました。
こうした取組みにより安土桃山時代以降、会津塗りが産業として発展していきます。

 

江戸時代、会津徳川家の保護のもと、隆盛を遂げる

1643年に会津藩藩主となった保科正之が、漆の木の保護育成を奨励し会津漆器を保護したことで、さらに産業として発展していきました。江戸初期には、会津藩で20万本ほどだった漆の木は1700年頃には100万本を超えるほどとなりました

その後、5代藩主松平容頌の家老田中玄宰(たなかはるなか)は京都から蒔絵師を招き、新しい蒔絵技術を取り入れました。

さらに、江戸のみならず長崎を通じて中国やオランダへ輸出したことで会津漆器産業は世界的にも注目を集めるようになったのです。

このようにして、江戸時代には会津徳川家の保護により、塗りや加飾の技法も多様化し、会津塗の文化が花開いたと言われています。

 

戊辰戦争の苦悩と再起

室町時代から安土桃山、江戸時代と発展を遂げた会津塗ですが、1868年に戊辰戦争が起こると一時的な衰退を余儀なくされました。

戊辰戦争において会津藩は旧幕府軍につき、新政府軍と戦いました。戊辰戦争は新政府軍が勝利し、戦場となった会津一帯は焼け野原となり会津塗りは壊滅的な打撃を受けてしまいました。

しかし、1872年パリ万国博覧会に出品されるなど明治の中頃には再び日本有数の漆器産地として復興を遂げることができました。

大正時代になると、一部の機械化に成功するとともに漆の技術が高級化したことで地場産業として盛り返します。この頃には、高級漆器と大衆漆器の差別化が行われ、会津塗の需要が高まったのです。

戦後には、アメリカ向けの輸出がヒットし、高度経済成長期には素地をプラスチックにした手軽な会津塗りが生まれるなど、さまざまな試みが行われてきました。
戦火で途絶えてしまわれるかと思われた伝統技術は、職人の高度な技術と会津漆器を愛する人たちのアイデアによって現代まで受け継がれてきたのです。

 

会津塗のこれからと挑戦

会津塗りは、1975年に経済産業大臣指定の「伝統工芸品」となり、2019年にはその技術が会津若松市の指定無形文化財に指定されました。

現在は、椀や花瓶、茶器などの伝統的なものに加えて時代や生活様式の変化に合わせ、酒器やカトラリー、アクセサリーなど多様な製品を生み出しています。会津漆器は消費者のニーズにあわせたモノづくりが行われています。

また伝統産業である会津塗を後世に受け継いでいくには、後継者となる職人の育成が肝要です。会津若松市では、会津漆器の職人を目指すための技術講習会が、週3回行われるなど後継者を養成するための活動も行われており、今後の会津塗にさらなる期待が高まります。

 

会津塗の魅力って?職人の技術が光る特徴(良さ)

会津塗りは塗りの表面の美しさと表面に絵を描く蒔絵などの多彩な加飾が魅力です。また水が染み込みにくく、お湯や酸、アルカリにも強く丈夫です。それぞれ詳しく紹介していきます。

 

塗り:花塗りと金虫喰塗り

会津塗は縁起のいい意匠や多彩な加飾の美しさが特徴であることをお伝えしてきましたが、こちらでは漆を利用した花塗りと金虫喰塗りについて詳しくご紹介しますね。

まずは「花塗り」です。
花塗りでは、有油漆(ゆうゆうるし)と呼ばれる漆が使用されています。有油漆とは、漆に乾性油を加えたものです。これにより、光沢が増し、伸びが良くなります。

しかし、漆を刷毛でムラなく塗るのは非常に難しく、漆をムラなくきれいに塗るには、職人の高度な塗りの技法が必要とされます。塗りは、下塗り、中塗り、上塗りの三層になっています。

上塗り後に乾燥させる際には、乾燥が均一になるように漆器を上下に反転させます。

一方、金虫喰塗り一つとして同じ模様はできない塗りの技法です。黒漆を塗った後、大麦や籾殻を全面に蒔き付けます。乾燥後に殻を取り除くことで籾殻が漆を吸い取り、凹凸模様の柄になります。そこに金箔、銀箔もしくは消金粉(けしきんぷん)などを巻き、透漆(すきうるし)と呼ばれるものを塗り込みます。

透漆とは、漆をゆっくりと加熱することで水分を飛ばし、精製した漆のことです。透明度の高いこの漆を使用することで、木目の美しさを引き出すことができます。乾燥後に、研磨し、磨きの工程を経て完成します。

 

漆絵:縁起のいい意匠

漆絵とは、筆で彩漆(いろうるし)を用いて直接模様を描きます。
朱色や黄色、青の顔料と漆を混ぜ合わせて彩漆を作ります。漆の性質上、作り出せる色には限度があり、黒・朱・黄・緑・茶褐色など落ち着いた色味が多いのが特徴です。絵模様には、牡丹・鶴や亀・鳳凰・松竹梅などの日本人に馴染み深く縁起がいいモチーフが描かれます。

 

沈金(ちんきん):柔らかい仕上がりが特徴

沈金とは、まず沈金刀と呼ばれる刃物で漆を塗った面を彫り出します。その彫り面の溝に金箔や銀箔、消金粉を蒔きつけます。模様以外の部分に付着した箔や粉を除去し完成する技法です。

他の産地の漆器より浅く彫るため、柔らかいイメージとなります。かつては、中国やタイ、インドなどでも生産されていましたが、現在は日本で最も盛んに行われています。

 

蒔絵:地色から浮かび上がる模様

蒔絵とは、塗りの後に漆で絵を描き、それをのりの役割として金粉や色粉を蒔き付けることで元の地色から模様を浮かび上がらせる技法です。漆絵とは対照的に金、銀などの華やかさが特徴です。
蒔絵の技法は3種類に大別されます。平蒔絵、研出蒔絵、高蒔絵と呼ばれる技法です。
加飾には、青貝や螺鈿、白蝶貝が使われることもあり、華やかなものもあります。

 

 

入手が限られる会津塗りの原料と作り方

続いて、会津漆器が完成するまでの過程を見ていきます。会津漆器の原料には、主に木材と漆が使用されます。また漆は天然漆を使用することが求められます。
初めに原材料について紹介します。

 

会津塗の原料

会津塗には大きく2つの原料が使われています。1つがお椀や重箱等の元になる木材、そして2つ目が木材に塗る漆です。

まず木材ですが、お椀や茶托等の丸物と重箱等の板物といった制作物によって異なる種類の木が使用されます。

お椀や茶托など丸物の製作には、ブナ、トチ、カツラ、ケヤキ、クワなどの木材が使われます。重箱などの板物には、主にホウと呼ばれる木材が使用されています。

これらの木材を山から切り出して製材し、木地工場で最低でも3年、時間をかけて自然乾燥させます。木材の水分やあくをしっかり抜くことで、木地師が削り出す際に割れるのを防ぎ、また完成した後に歪んだり曲がったりするのを防ぎます。

次に木材に塗る漆は、漆の木の幹を傷つけ採取した樹液を精製したもので、一本の漆の木から約200gほどしか取れません。昔は会津地方では漆の木が数多く植林されていましたが、現在では木を育てる人も漆を採取する人も少なくなってしまい、他の産地同様に漆を中国から輸入しています。

しかし、中国から輸入される漆は国産の漆に比べると、漆の中に含まれるウルシオールの分量が少ないという課題点があります。更に輸入では為替や物流の関係で価格・流通量が不安定になることもあります。

そこで、 会津若松市では再び漆の植林が行われ、高品質な漆器作りのため上質な国産の漆の採取が目指されています。

 

の特性

塗りに使用される漆は、漆の木の樹液で天然塗料のなかでも特に抗菌性と防腐性に優れていると言われています。抗菌性が高いことからお椀などの生活用具として利用されてきました。

また、その防腐性の高いことから文化遺産の修復や保存などの役割を担っています。漆の耐久性は数千年と言われていますが、紫外線に弱く屋外では年々、塗膜は風化していきます。役目を終えた漆の塗膜は自然に還っていく素材なのです。


会津漆器の作り方

会津漆器は、制作の工程を木地・塗り・加飾の三部門に分け、各工程で完全分業制で生産されています。これは、それぞれの工程で用いられる、材料や技法が異なるためです。

漆器づくりはまず、形を作るところから始まります。椀などの丸いものを「丸物」といい、ろくろ、おの、のみなどで丸太から削り出します。重箱などの四角いものは「板物」といい、かんななどで板を加工して組み立て形作ります。

木地工程でも「丸物」と「板物」は制作工程が全く違うので、専門職として特化しており丸物師・板物師として区別されます。また会津地方独特の呼び方で、「惣輪師(かなを)」と呼ぶ場合もあります。木材を削る工程では、100種類以上のカンナを使い分けます。

また、作るものによって木材の使用部位が異なります。若い木は歪みやすいため、お盆などの製作では樹齢100年を超えた木を使用します。土台である木地がしっかりしていないと次の塗りや加飾の工程を完璧に生かすことができないため、日々技術を磨き続けます。

続いて、成形された木地に塗りを施すのが「塗り師」です。塗り師も木地師同様、丸物を塗る職人と板物を塗る職人に区別されています。塗りにより、なめらかな手触りを実現し、強度が上がります。もともと塗りの工程は、木地を丈夫で割れにくくするために施されていました。漆の成分であるウルシオールが水分と結合することで固まるからです。

下地にしっかり塗りを施していたら、滅多なことでは割れない強い漆器となります。また、漆を精製し、何層にも塗り重ねることで独特の風合いが生み出されるのです。漆の特性をしっかりと理解し、埃が付着しないよう湿度を徹底的に管理することで美しい塗りに仕上がります。

その塗りの上からさらに装飾を施す職人を「加飾師」もしくは「蒔絵師」といいます。塗り物に装飾することを蒔絵といい、海外でも「MAKIE」と呼ばれる、日本独自の装飾技法です。

上記で詳しくご紹介した漆絵や蒔絵、沈金以外にも貝殻を貼り付ける螺鈿(らでん)などさまざまな装飾技法があります。蒔絵師には、精密な筆遣い、配色、図案の開発、曲面に描く技術などさまざまな技術を持って初めて一流となります。

 

 

日本工芸堂スタッフおすすめの漆器はこちら

数少ない原料と職人の匠の技で生み出される漆器を生活の中に取り入れてみませんか?今回、こちらで紹介するのは日本工芸堂で取り扱っている漆器の中でも、特にスタッフおすすめのものです!

ぜひそれぞれの漆器の味わいを楽しんでくださいね!

 

山中漆器の白鷺ボウル

山中漆器 お椀 | しらさぎボウル ナチュラル | 栗 | 白鷺木工
¥3850[税込]

山中漆器は、漆器生産が盛んな石川県で生産される木地の美しい漆器です。もともとは、湯治に来たお客さんがお土産として購入するといった限られた需要しかありませんでした。

それが今では、芸術的で使いやすい漆器としての地位を確立されていったのです。それぞれの木肌の個性を活かして、美しく仕上げていく職人のこだわりがそこにはあったのです。

山中漆器は、「縦木取り」と呼ばれる方法で木地を切り出します。これにより、木の年輪が形成される方向に逆らわないように素材を切り出すことができるのです。そのため割れにくい頑丈な木地を切り出すことができますが、方向が決まっているため一本の木から作れる製品数は限られてしまいます。

山中漆器の木目を活かすための拭き漆という技術があります。木地に生漆を刷り込み、拭き取るという工程を何度も繰り返すことで強度を出しながら木目を美しく引き出す技術です。長く使うことで、生活に溶け込みながら器それぞれの個性的な美しさが醸し出されます。

職人が心を込めて手がける山中漆器でさまざまな木の表情を楽しんでみませんか?

 

小田原漆器

お椀 汁碗 漆器 | 銘木椀 中 漆 | くり | 薗部産業
¥4,400[税込]

小田原漆器は、神奈川県小田原市で生産される漆器です。箱根周辺の豊かな森林資源を利用して、器づくりが行われていました。それに目をつけたのが北条氏で、漆器職人を小田原市に招いたことが始まりです。

ろくろで削った木地に漆を塗っていく技法の他に、摺漆(すきうるし)塗りと呼ばれる工程が施され、艶やかな木目が特徴です。摺漆とは、木目が見えるくらいに薄く漆を塗り木目を引き出す技法です。
ご紹介しているお椀は丈夫で水に強いため、日々の食事にとてもおすすめです。

 

越前漆器

越前漆器 マグボトル | URUSHI umbrella bottle(うるしアンブレラボトル) | 鳥獣戯画 | 黒 | 土直漆器
¥6,600[税込]

ご紹介しているのは、サーモマグとのコラボ商品、「URUSHI umbrella bottle(うるしアンブレラボトル)」です。職人が直接塗りを施し、ファンの多い鳥獣戯画を蒔絵で描きました。

越前漆器は、福井県鯖江市で生産されています。鯖江といえば、メガネの産地で有名です。しかし実は、もう一つ、漆器づくりも盛んな地域なのです。鯖江の職人技、「越前漆器」は旅館・飲食店などで使われる業務用漆器の生産は、実に全国8割のシェアを誇ります。もともと、越前は漆の樹液を採取する「漆かき」職人が多く輩出された地域です。自分が集めた上質な漆を器に塗り、暮らしに実用的な漆器づくりをおこなっていました。

江戸時代末期になると、京都から蒔絵の技法をそして、輪島から沈金の技法を取り入れ、華やかで美しく実用性を兼ね備えた漆器としてその名を高めていきました。

越前漆器は業務用としても使いやすいように大量生産するための工夫をしたり、食器洗浄器にも耐えうる漆器作りに心血を注ぎました。業務用は合成樹脂と思われがちですが、越前漆器の職人は「本物」の漆器を使うってもらうためにさまざまな工夫を凝らしているのです。

近年では、鯖江市内の小学校の給食食器に越前漆器が取り入れられ、日々の生活の中で少しでも次世代に地元の工芸品の良さを感じてもらおうという取り組みが行われています。

 


いかがでしょうか?

今回は会津塗の歴史から特徴、原料、作り方に加えてさまざまな地域の漆器を紹介してきました。漆器は美しく使いやすい魅力的な工芸品です。職人のアイデアと想い、そして一朝一夕には身につけることのできない技術から生まれた日本の漆器をみなさんも取り入れてみませんか?

 

 

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