蒔絵の魅力、製法・種類・歴史など漆器の彩りを探る
漆器を彩る蒔絵の魅力について紹介します。金や銀の粉で、さまざまな絵柄を表す蒔絵。漆黒の器に描かれた蒔絵は、華やかで漆器の魅力のひとつでもあります。この精巧な絵柄を見て「どうやって描くんだろう?」と思ったことはありませんか。今回はそんな蒔絵の歴史、製法など、その魅力の一端に迫ってみましょう。
漆器の世界を大きく広げた蒔絵の歴史
蒔絵の技法は日本独自のもので、およそ1200年前から行われてきました。蒔絵の漆器は海外にも数多く輸出され、現在でも「Makie」と呼ばれ親しまれているそうです。まずは蒔絵1200年の歴史について紐解いてみます。
奈良に始まり平安に花開いた蒔絵文化
蒔絵のもとになったものは、奈良時代・正倉院の唐大刀(金銀鈿荘唐大刀/きんぎんでんかざりのからたち)のさやにある「末金鏤 (まっきんる)」だといわれています。
「末金鏤」とは、金粉に漆を混ぜて絵柄を描き、その後に透明な漆を塗って木炭で研ぎ出したもの。現代に伝わっている「研出蒔絵(とぎだしまきえ)」とほぼ同じ技法でつくられています。
その後、平安時代になるとさまざまな蒔絵の技法が誕生。貴族たちに好まれ、家具調度品として用いられるようになりました。さらには寺院の内装としても使われるようになり、描かれるものも松竹梅など日本風のものへと変化。京都・宇治にある平等院鳳凰堂や、岩手・平泉にある中尊寺金色堂などはその代表的なものといえるでしょう。
将軍家に抱えられた鎌倉〜安土・桃山時代の蒔絵師
鎌倉時代になると、蒔絵は武士にも愛されるようになり、鎧・兜なども漆塗り・蒔絵が施されるようになりました。
鎌倉時代には蒔絵の技術も向上し、現代に伝わる平蒔絵や高蒔絵、研出蒔絵といった技法ができたのもこの時代です。国宝である鶴岡八幡宮の籬菊螺鈿蒔絵硯箱(まがききくらでんまきえすずりばこ)、武器や神社で催事などに使われる神宝などにもこれらの技法が用いられるようになりました。
室町時代になると、足利家は蒔絵を施した多くの調度品を蒔絵師につくらせました。腕のよい蒔絵師は足利将軍の庇護を受けるようになり、華やかな調度品がつくられるようになったのもこの時代です。高蒔絵と研出蒔絵、それぞれの技術を合わせた豪華な肉合蒔絵(ししあいまきえ)なども生まれました。
このころの蒔絵や漆塗り職人には、現代とほぼ同じ程度の高い技術があったようです。安土桃山時代、豊富秀吉の正室おねが、秀吉の霊を祀るためにつくった京都「高台寺」にある蒔絵は、「高台寺蒔絵」としてあまりにも有名。秀吉夫妻が使ったとされる茶道具や箪笥などの調度品に施された蒔絵は、この時代の最高峰といわれています。
一般庶民に広がる江戸の蒔絵文化
江戸時代は、新しい蒔絵の図柄が次々に生まれた時代です。その背景として、裕福な町人・商人たちが蒔絵を施した漆塗りの調度品、アクセサリーなどを生活に取り入れたことがあげられます。当時の人々は、一風変わったものや新しいデザインなどを好み、それを身につけ、自らのセンスをアピールするようになりました。
江戸中期以降になると、町人・商人たちが蒔絵師たちの庇護者となったこともあり、蒔絵にギヤマンやべっこうなどを用いた今までにない芸術的な蒔絵もつくられました。当時の商人たちは、文化の一翼を担うといった気持ちがあったのかもしれません。
また、これらの蒔絵を施した漆器は、ヨーロッパなど海外にも輸出されるように。日本の独自技術である蒔絵は、ヨーロッパの人々にとって、珍しく美しいものとして人気を集めました。
蒔絵の製法・種類
一口に蒔絵といってもさまざまな技法があり、主なものとしては平蒔絵、研出蒔絵、高蒔絵などがあります。それぞれどんな技法なのか、またどんな特徴があるのか、探ってみましょう。
漆で描き、金粉で彩る蒔絵
漆の役目としては、木を補強し丈夫にすること、艶を出すこと、モノを接着させることなどが挙げられます。そのうち蒔絵は、漆の接着剤として役目を活用したもの。漆塗りの表面に漆で絵柄や文様を描き、漆が乾かないうちに接着剤として金・銀・錫など金属粉を付着させてつくります。
まず、色漆・透明漆を使って筆で絵を描き、少し漆が乾いたところで金属粉を蒔きます。漆で描いてすぐに蒔くと漆に粉が沈んでしまい、乾いてから蒔くと粉が接着しないなど、なかなかコツが必要です。蒔絵は立体的な絵柄が特徴でもあり、いくつも絵柄を重ねるため、蒔絵の完成だけで1カ月以上の時間がかかる作品も多いそう。
蒔絵職人たちの丁寧な手仕事によって、繊細で豪華な蒔絵がつくりだされているのです。
磨き方で異なる平蒔絵と研出蒔絵
平蒔絵と研出蒔絵の技法の大きな違いは、磨き方にあります。
平蒔絵は漆で描いた図柄・文様などの上に金属粉を蒔き、乾燥した後に透明漆を塗って磨いて仕上げたもの。蒔絵の中でも最も一般的な技法だといわれています。それに対し、研出蒔絵は金属粉を蒔いて文様・絵柄をつけた後に漆を塗って乾燥させ、下の蒔絵の絵柄の層まで木炭で研ぎ出す技法です。
2つの見分け方は、蒔絵部分が高くなっているか、それとも平たいかどうか。平蒔絵は下地よりも蒔絵部分が少しだけ高くなっており、研出蒔絵は下地と蒔絵部分が滑らかな同じ高さになっています。また、平蒔絵は蒔絵部分がはっきりと明るく現れているのに対し、研出蒔絵は淡い華やかさがあります。
蒔絵を浮き立たせる高蒔絵
高蒔絵は下地よりも蒔絵部分が高くなった蒔絵のことをいいます。
高く盛り上げる方法には、漆を塗り乾燥させた蒔絵部分にさらに漆を厚く塗った「漆上げ」や、蒔絵部分に炭の粉を蒔いて高くする「炭粉上げ」、蒔絵に錆漆を塗る「錆上げ」などがあります。さらに高蒔絵は高くした部分に、平蒔絵や研出蒔絵などを行いますので、高い技術とかなりの労力が必要とされます。
高蒔絵は、平蒔絵・研出蒔絵に比べ、多くの工程を経て作られており、蒔絵部分に厚みがあり立体的かつ遠近感があるのが特徴。きらびやかで重厚感がある高級な蒔絵技法といえます。
漆器に施すもう一つの細工「螺鈿(らでん)」
加飾とは、漆器の上に施されるさまざまな装飾技法のことを指します。もちろん蒔絵も加飾の代表的な技法のひとつ。もうひとつ加飾の代表的なものとして「螺鈿」があります。蒔絵と螺鈿について基礎的な知識があれば、漆器の世界がグッと広がりますよ。
七色のきらめきは貝殻の美しさ
螺鈿の特徴は、なんといっても七色にきらめく貝殻の美しさにあります。夜光貝、アワビ、白蝶貝などの貝類を材料とし、貝殻を散りばめて絵柄・文様などを表現します。
螺鈿が誕生したのは、一説によると紀元前3000年ごろのエジプト。日本には8〜9世紀ごろ中国から伝わり、平安時代に蒔絵とともに流行しました。
まるで宝石のような螺鈿の輝きは、貝殻の真珠層の部分を一枚ずつ薄い板状に切り出して丁寧に磨くことでつくられます。切り出した貝は透けて見えるほど薄いため扱いが難しく、職人の腕の見せどころです。その薄く板状にしたものを漆器に貼り付けると、鮮やかな螺鈿細工が完成。見る角度によって輝きを変える螺鈿は、多くの工芸品の中でもひときわ美しい装飾だという声もあります。
蒔絵と螺鈿がつくる華やかな漆器の世界
日本で蒔絵と螺鈿はどちらも奈良時代につくられはじめ、平安時代にその技術は確立しました。豪華で高級な蒔絵・螺鈿は、貴族や大名などに好まれ、両方の技術をもちいた調度品も数多くあります。
そのひとつとして挙げられるのが、国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ)」。江戸時代、画家でも工芸家でもあった尾形光琳の手による硯箱で、漆黒の下地に金の蒔絵を施し、さらにその上にカキツバタを表す螺鈿が施されているという洗練された逸品です。
蒔絵師たちは、このように蒔絵・螺鈿などの加飾を併用することで表現の幅を広げ、新しいものを生み出していきました。
漆器の上に職人が描く華やかな世界を楽しんで
1200年以上の歴史がある蒔絵や螺鈿の技術は、多くの職人たちの手を経て伝承されてきました。現在では工芸品として硯箱やお椀、かんざしなどに使われるだけでなく、ネックレスやブローチなどのアクセサリーにもその技術は使われています。
手間がかかるぶんだけ価格も高くなりがちな蒔絵や螺鈿の施された漆器ですが、きちんとしたお手入れで数十年使えることを思えば思ったよりも安いお買い物なのかもしれません。まずはお椀ひとつからでも、蒔絵・螺鈿の豪華な世界を楽しんでみませんか。
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