
なぜ今、工芸なのか──“用の美”とビジネスをつなぐ視点
※本記事は、一般社団法人日本能率協会(JMA)主催の経営哲学懇話会「一隅会」での講演内容をもとに再構成しています。
はじめに──経営者の前で、工芸の話をした
一般社団法人日本能率協会(JMA)主催の勉強会、「一隅会」に、登壇の機会をいただきました。経営者・役員クラスや幹部候補の方々、約200名を前にしたZoomウェビナーです。
「一隅会」は、「世界で通用する経営者」の育成を目的に年5〜6回開催される場です。歴史観・世界観・人間観の涵養をテーマに、各界の先達が講話を行います。
その場に、伝統工芸を扱う一事業者として立たせていただきました。
正直、最初は迷いました。
工芸の話が、経営の場でどこまで届くのか、と。
でも、準備を重ねるうちに確信に変わりました。経営者こそ、「長く使われるものはなぜ生き残るのか」「価値とは何か」「伝えるとはどういうことか」を、日々問い続けている。
工芸の話は、経営の話でもありました。
この記事では、その講演内容をもとに、私自身の現場体験と解釈を交えて再構成します。「なぜ今、工芸に関わるのか」「工芸はビジネスとしてどう成立するのか」──その問いへの、私なりの答えです。

──日本工芸株式会社 代表取締役 松澤斉之
なぜ今、工芸なのか?
伝統工芸の生産額は、1983年のピーク時から約5分の1に落ち込んでいます。
1983年に約5,410億円あった生産額は、2015年には約1,020億円まで減少しました。従事者数も企業数も、長期にわたって減り続けています。
「伝統工芸は斜陽産業だ」という声は多い。実際、数字だけ見ればそうかもしれません。
ただ私には、ずっと引っかかっていることがありました。
Amazonで家庭用品のバイヤーをしていた頃のことです。
圧倒的に売れる商品は、確かに機能的で、安くて、届くのが早い。
でも、「これを買って、何か満たされたか?」という問いに答えられない商品も多かった。
消費された瞬間に、記憶からも消えていく。

一方、産地で手にした職人の器や道具には、「持っていたい」という感覚がありました。使うたびに、なぜかその背景を思い出す。数字では測れない何かがある。
その違和感が積み重なって、2016年に日本工芸株式会社を創業しました。
「売れないから終わり」ではなく、「なぜ売れなくなったのかを考える方が重要だ」と感じていたからです。
工芸の本質とは何か?
工芸品の価値は、「定義」ではなく「物語の深さ」にあります。
経済産業大臣が指定する伝統的工芸品は、2023年時点で241品目。
主な要件は、日常使いであること、手作りが主体であること、100年以上の技術に基づくこと、伝統的素材を使うこと、一定の産地を形成していること、の5つです。
ただし、この定義に収まらない工芸品も多い。薩摩切子は、一度生産が断絶し、後に復刻したため国の指定は受けていません。それでも、国内外で愛され続けています。
定義よりも大切な問いがあります。
「なぜそれが生き残ってきたか」。

南部鉄器はなぜあの形をしているのか。
江戸切子の菊繋ぎ模様には「不老長寿」の祈りが込められていることをご存じでしょうか。
小鹿田焼はなぜ一子相伝で継がれてきたのか。
こうした「物語性」こそが、工芸品の本質だと考えています。
素材の美しさでも、技術の高さでもなく、「それがそこに存在する理由の深さ」。
工芸品とは、時間と人と文化が重なった、凝縮した問いへの答えです。
「用の美」はなぜ現代に通用するのか?
「用の美」とは、概念として学ぶものではなく、体験して初めてわかるものです。
「用の美」を提唱したのは、思想家の柳宗悦(やなぎむねよし)です。
無名の職人が日常の道具を作ることの中に、純粋な美を見出した人物です。
濱田庄司、河井寬次郎、バーナード・リーチとともに、20世紀初頭の「民芸運動」を牽引しました。
一言で表すなら、「日常で使う道具や器に自然に備わる美しさ」。
飾るためでなく、使うために作られたものの中に宿る、機能と美の調和です。
私が「用の美」を実感したのは、大分の山中にある小鹿田(おんた)焼の里を訪れたときでした。(詳細はこちら→伝統工芸の旅 小鹿田焼の里を訪ねる)

共同の登り窯、水車で動く唐臼、一子相伝で受け継がれる技。派手さは何もない。でも、そこで焼かれた器を手にすると、「これを毎日の食卓で使いたい」という気持ちが自然に湧いてきました。

「美しいから飾りたい」という感覚とは、少し違います。「この器で食べると、なぜか食事が丁寧になる」という、使用の中でしか得られない感覚です。
現代の文脈で言えば、「用の美」はUXデザインの思想に近いものがあります。機能と美が切り離されていないこと。使うことで価値が増していくこと(経年美化)。素材と形の本質を際立たせること。これらはそのまま、良いプロダクトの条件と重なります。
また「用の美」は、現代の「サステナブル」「丁寧な暮らし」「SDGs」とも自然に共鳴します。大量に消費するのではなく、良いものを長く使う。時間とともに愛着が増すものを選ぶ。
こうした消費行動の変化は、工芸にとって追い風です。
伝統工芸はなぜ売れなくなったのか?
「時代のせい」だけでは説明できない、構造的な問題があります。
バイヤー時代の経験から言えば、「売れない」には必ず構造的な理由があります。商品そのものの問題ではなく、「どこで・誰に・どう伝えているか」の問題であることが多い。
伝統工芸の場合、いくつかの問題が重なっていました。
流通の問題
長らく問屋を通じた百貨店流通が主軸でした。その流通が細くなったとき、職人には代替の販路がなかった。多くの工房は「作ること」には長けていても、「売ること・伝えること」への備えが薄かったのです。
価格構造の問題
手仕事が中心のため、大量生産が難しく、単価は高い。でも「なぜ高いのか」が顧客に伝わっていない。価格への納得感がなければ、どんなに良いものでも選ばれません。
物語の翻訳不足
工芸品には豊かな背景があります。でも産地や工房の方々は、その物語を外へ向けて発信することに慣れていない。むしろ「職人がするべきことではない」と感じていた方も多かった。

工芸が売れなくなったのは、工芸が劣化したからではありません。
工芸の価値を伝える「接点」が足りなかっただけだ、と考えています。
裏を返せば、その「接点」を丁寧に設計することに、大きな可能性があります。
工芸にはどんなビジネスの可能性があるのか?
海外・ギフト・体験という三つの入口が、今まさに開いています。
海外市場
南部鉄器の老舗「岩鋳」は、1996年にパリの紅茶専門店からカラフルな急須の依頼を受けたことを機に、海外市場を開拓しました。日本の包丁はミシュランシェフから支持され、曲げわっぱはドイツなどで人気が高い。円安の追い風もあり、日本の工芸品は今まさに海外の富裕層・文化的関心層に「発見」されつつあります。
ギフト市場
伝統工芸品は「贈る理由」を持っています。素材の物語、職人の技、地域の歴史。これらは受け取った人への「説明」になる。法人ギフト、結婚・出産の祝い、海外へのお土産。意味のある贈り物を求める層と、工芸の価値観はよく合います。
体験設計
富山県高岡市の錫製品メーカー「能作」は、工場をそのまま観光施設として開放し、製造工程を見せ、体験教室を設けました。「これはどう作られたのか」を知ることで、「なぜこの価格なのか」が納得に変わる。

福井県の「Renew」のように、越前漆器・和紙・打刃物などの工房を一斉開放するイベントも、産地へのファンを生み出しています。詳細記事はこちら→【伝統工芸の旅】越前1500年の工芸、職人の美と技
工芸×ビジネスの接点──異分野共創という可能性
工芸を「装飾」として使うのか、「ブランドの文化的根拠」として使うのか。その差は大きい。
近年特に注目しているのが、異業種との共創です。
スターバックスは「JIMOTO Made」シリーズとして、各地域の素材・職人の技を活かした商品を、その土地の店舗のみで展開しています。
トヨタのLEXUSは「NEW TAKUMI PROJECT」として、全国の若い職人と協業し、「匠の技」をブランドアイデンティティとして打ち出しています。
これらに共通するのは、工芸を「ブランドの文化的根拠」として活用しているという点です。「なぜ自分たちはここにいるのか」「何を大切にしているのか」を示すための、説得力ある文化的証拠として、工芸は機能します。
> 伝統工芸がなぜ企業のブランディングに活用されているのか?5つの事例とともに。
用途の変換による市場創出も進んでいます。
江戸節句人形の老舗「鈴甲子 雄山」は、「洋室に合わない」という声に応えてコンパクトなデザインを開発し、需要を回復させました。
江戸甲冑師はワインボトルが収まる「ボトルアーマー」を、提灯師はスマホスピーカー型の提灯「OTO CHOCHIN」を生み出しました。
技術はそのまま、用途を変えることで新しい市場を開いた事例です。
産地との共創は、企業に文化的正当性をもたらし、他では代替できない差別化の軸になります。
> Cultural Marketingとは何か──工芸が企業ブランドに与える力
日本工芸堂での実践──「体験の設計」として

「日本工芸堂」は工芸品の通販サイトですが、モノを販売するだけの”ECショップ”としてだけの存在と考えたことはあまりありません。
目指しているのは「工芸との出会いを設計する場所」として捉えています。
商品ページには、産地の背景、作り手のこと、使い方の提案、素材の特性を丁寧に書きます。
「これは何ですか」ではなく、「なぜこれが生まれたのか」「どう使うと良いのか」「使い続けるとどう変わるのか」を伝えることを意識しています。
工芸品は、説明が届いて初めて選ばれます。
知らなければ、値段だけで判断される。
そして工芸品は、大量生産品より高い。
だから「なぜ高いのか」の納得感を、伝える側が丁寧に作らなければなりません。
産地訪問は今も続けています。
職人の空間に漂う空気、道具の重さ、素材の香り。
それを体験しているからこそ書けることが、商品ページにはあると思っています。
> ものづくりの現場を見て、工程や背景を理解。つくり手に会いにいく
おわりに──工芸とは「関係性」である
人と物との関係が、時間とともに深まっていく様を体現したもの、だと考えています。
使い込まれた漆器には、それを使った人の時間が宿ります。修繕しながら使い続けることで、物との関係が「消費」から「共存」へと変わっていく。工芸品は、そうした関係性を可能にする数少ないカテゴリーです。
ビジネスの文脈で言えば、それは「顧客との長期的な関係設計」に通じます。売ってそれで終わりではなく、使う過程でブランドへの信頼と愛着が深まる。工芸には、その構造がはじめから組み込まれています。
「用の美」は、過去の思想ではありません。
素材の本質を活かし、機能と美を調和させ、使うほどに価値が深まるものを作る。この考え方は、現代のプロダクトデザインにも、ブランド設計にも示唆を与え続けているのではないでしょうか。
なぜ今、工芸なのか。
それは、今の時代が「意味のある消費」「長く続く関係」「文化的根拠のある価値」を求め始めているからではないか。工芸は、その問いへの答えをすでに持っています。
あとは、その答えを必要な人に届けるための「接点」を、いかに丁寧に作り続けるか。それが私たちの仕事だと思っています。

工芸品を「消費するもの」ではなく、「共に時間を重ねるもの」として選びたい方へ。日本工芸堂では、一つひとつの品と、その背景をお届けしています。


