江戸切子・花切子を刻み続けて80年。「玻璃匠」山田硝子【職人・工房を訪ねて】
日本工芸堂では、取り扱う商品を作っている職人の工房を訪問しています。どんな思いをもって、どんな作品を届けようとしているのか。職人の皆さんがモノづくりについて抱いている思いに共感したうえで、皆さんにご紹介したいと考えているからです。
職人や工房を訪ねたときに聞いた、とっておきの話をご紹介するのが「職人・工房を訪ねて」。
今回は、日本工芸堂でも人気の江戸切子工房「玻璃匠 山田硝子」。三代80年、下町墨田区でガラス作品を作り続けている工房を、日本工芸株式会社の代表・バイヤーの松澤がご紹介します。
下町で80年。ガラスを刻み続けた職人の工房
山田硝子があるのは、東京都墨田区。葛飾北斎が浮世絵の画題とし、池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』の舞台ともなった町です。昔ながらの下町情緒が漂うこの地で、山田硝子は三代80年にわたり、日本の伝統的工芸品である江戸切子を作ってきました。
初代の山田栄太郎氏は、明治時代にイギリスからやってきた技師、ホープトマンからガラスカットの技法のひとつである、グラヴィール技法を直接学んだ一人。ガラスの表面に回転する銅板をあてて彫刻する手法など、世界に誇る江戸切子の魅力をかたちづくるさまざまな技術は、二代目、三代目へと受け継がれ、今の山田硝子を代表する製品を作り上げています。
工房があるのは、江戸時代初期に作られた運河、北十間川の近く。川沿いの道を、東京スカイツリーを見ながら進み、少し小道に入った場所にあります。道路に面したすりガラス越しに、うっすら見える色ガラスに気づかなければ、そこが江戸切子の名匠を輩出し続けている山田硝子の工房だと気づかない人もいるかもしれない。そんなたたずまいに少し驚きながら、扉を叩くと、穏やかな笑顔の職人、山田真照氏が出迎えてくれました。
江戸切子と花切子、二つの技法を極めた職人
日本工芸堂でも扱っている山田硝子の商品は、細いカットが組み合わさった繊細なデザインを感じさせるものです。その印象でお会いした、工房の三代目山田真照氏。会った瞬間、失礼ながら「この人があんなデザインを?」と感じてしまう朴訥な印象の方でした。
早速、取り扱いたいと考えている作品について話を伺うことに。真照氏はその印象通りの口調で、とつとつ、山田硝子の江戸切子について説明してくれました。
「山田硝子は、江戸切子と花切子の二つの技法を駆使する数少ない工房です。江戸切子は、直線や曲線でガラスをカットする技法。花切子はガラスの表面を浅く削ってすりガラスの状態を作ることで模様を描く技法です」 。
実は、深くカットするより薄く削るほうが難しいという真照氏。何度も何度も花切子の作成を繰り返すことで、今ではどんな模様も自在に彫ることができるようになったといいます。
「絵を描くのはあまり得意ではないですが、花切子なら、だいたいのものは描けると思いますよ」と真照氏。
実際の制作はガラスに光をあて、基準となる線を引いたガラスを回るグラインダーに押し当てて削っていきます。透き通っているとはいえ、削る部分を反対側から見てカットするのは至難の業。しかも細かい模様は少しずれても全体のバランスが崩れてしまいます。ガラスを手にし、グラインダーの前に座った真照氏の目は、一瞬で厳しい光を宿します。その手元から、多くの人の心をうばって離さない繊細な江戸切子のカットが生み出されていくのには、見ている方も興奮を隠せません。
日々の暮らしを華やかにできる実用品を作りたい
山田硝子で作っているのはグラスやぐい呑みなどの実用品がほとんど。大きなものや芸術的な作品は作らないのか。抱いていた疑問をぶつけてみました。
「江戸切子を日常の暮らしに取り入れてほしいと思っているんです。日々の暮らしが少しだけ、華やかになりますよね。楽しい気持ちになる瞬間に切子があってほしい。だから、暮らしの中で使う実用品を作ることにこだわっています」。
その言葉通り、真照氏の作りだす江戸切子や花切子のデザインには、伝統の模様と小さな水玉を組み合わせたかわいいものや、大胆で太い線と細かい模様の組み合わせなど、江戸切子のイメージにとらわれないものも少なくありません。若い人が見たとき「いいな」と思ってもらえるものを作りたい、という思いがここにあるのでしょう。
国外への展開も積極的にすすめたいと語ってくれた真照氏。なにをどのように展開していったらいいか、どんな方法がいいのか、思わず話し込んでいました。
実は、その後も何度も訪問し、中国での展示会にも一緒に行く仲に。毎回、数時間にわたり酒を酌み交わすようになっています。真照氏の想いをかなえたい。いつか、一緒に、世界に山田硝子の江戸切子を伝えたい。
そう思う、大好きな江戸切子職人の一人です。
> 山田硝子
<ちょっと足をのばして>
江戸切子が買える下町の情報スポット
亀戸梅屋敷
山田硝子の工房から歩いて10分ほど、明治通りと蔵前橋通りの交差点角に江戸、下町の情報を発信する観光スポット「亀戸梅屋敷」があります。 蔵造り風の2棟の建物と大きな櫓が目印です。かつてこの地にあった商人の屋敷に見事な梅の古木があり、「梅屋敷」と呼ばれていたことがその由来。浮世絵師の歌川広重が描いた梅の名所です。建物の一つ「文芸館」には、現在作られているさまざまな江戸切子作品が展示されています。伝統的な文様や、なかなか目にできない大きな作品もあり、江戸切子の魅力やきらめきを改めて確認できる場所です。もう一つの建物「福亀館」には江戸切子が買えるショップもあります。山田硝子さんの江戸切子もここで販売。ゆっくり実物を手に取って、お気に入りを見つけてみてください。
亀戸梅屋敷
東京都江東区亀戸4-18-8
03-6802-9550
10:00〜18:00(冬季は9:30〜17:30)
月曜閉館(祝日の場合は翌日)
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