肥前びーどろ・明治の先端技術が生んだ滑らかな吹きガラス。【職人・工房を訪ねて】

肥前びーどろ・明治の先端技術が生んだ滑らかな吹きガラス。【職人・工房を訪ねて】

日本工芸堂では、取り扱い商品を決める際、バイヤーが工芸品を作っている職人に話を聞きに行くことにしています。どんな思いをもって、どんな作品を届けようとしているのか。それにバイヤーが共感したものを取り扱うことにしているのです。

バイヤーが職人や工房を訪ねたとき、聞いた話や商品を作る様子などをご紹介するのが「職人・工房を訪ねて」。

今回は、佐賀県の重要無形文化財に指定されている「肥前びーどろ」の技術を、唯一受け継いでいる佐賀県の副島硝子です。

 

ものづくりに力を注いだ鍋島藩の想いをつなぐ工房

幕末の佐賀藩から受け継がれたガラス。そう聞いたときから、なんだか魅力を感じていた「肥前びーどろ」。そんな肥前びーどろの技術を受け継ぐ唯一の工房が副島硝子工業です。藩主が奨励したガラス工芸といえば薩摩切子も有名。九州の殿様には先見の明がある人が多かったのではないかとも思わせます。

副島硝子があるのは佐賀城跡にほど近い住宅街でした。車がやっと1台通るほどの細道。突然ガラス製品が並ぶショールームが現れ「ようこそおいでくださいました」と副島太郎社長が出迎えてくれました。

ショールームには、目当てにしていた縄文ガラスや虹色ガラスのほかに、肥前びーどろの特徴の一つ、じゃっぱん吹きならではのなめらかな注ぎ口がついた鮮やかなカンビンなど、多くの製品が並んでいました。

柔らかく艶やかな輝きは宙吹きガラスならでは。それらが、日常使いにも取り入れやすい価格で並んでおり、多くの人に愛用されているガラス器であることが感じられました。

 

精錬方から唯一残ったガラス工場

「ガラスは”ものはら”を残さないから、なぜ、佐賀藩がガラスの製法を知っていたかわかっていないんです」。肥前びーどろについて話を聞こうとすると、副島社長が話し始めたのは九州のガラスと佐賀鍋島藩の歴史。

”ものはら”とは、窯のそばにある失敗した焼き物を捨てる場所のこと。積み重なった破片を見れば、その土地の焼き物の歴史がわかります。

ところが、ガラスは原料がとても高価。失敗した破片も再加熱した新しいガラスにしていくため、どんなガラスを作っていたのか、どんな製法をしていたのか、どこから伝わったのか、そんな歴史はわからないのだといいます。

「肥前びーどろに伝わるガラス製法の基礎となったのは佐賀鍋島藩10代の直正公が作った精錬方。今でいう理化学研究所です。ここはアームストロング砲など西洋の最新軍事技術を取り入れようと実験を行っていました。

どこかで『これからは西洋の学問と技術を学ばなければ』と考えた。そして、当時日本でもっとも科学技術が発展した藩になったんです。司馬遼太郎は『佐賀ほどモダンな藩はない』と語っています」。

幕末から今につながる佐賀のガラス製造の歴史。伝統工芸の裏には確かな歴史が息づいていることを感じさせてくれました。

「精錬方のガラス工場は、実験用の道具を作るための施設でした。精錬方がなくなった後、ガラス工場を取り仕切っていた3人の番頭は市井でガラス製造を始めました。

その一人が、副島硝子の創業者でもある副島源一郎です。ですが、残りの2人は廃業してしまい、その技術を受け継ぐのはうちだけになったんです」。

 

技術を残すための新しい挑戦

一通りお話を伺った後は、ガラス製造の現場を見せてもらいました。訪問したのは夏の暑いとき。店舗の裏にある工房はどろどろに溶けたガラスの赤い光が揺らめく、暑い場所でした。

職人さんが竿にガラスを巻き取り、息を吹き込んでいくと、丸いガラス玉が平たい皿になったり、ぽってりとしたグラスになったり。その変化はなかなか面白いものです。冷やしていくと赤く見えたガラスがみるみる青く色づくのも不思議でした。

「肥前びーどろはもともと透明のものばかりだったんですよ。ランプのほやや食器を作っていたからです。でも、ガラスの需要が減っていき、他のガラス工場がなくなっていく中、同じことをやっていてはだめだと思って。

いろんな色ガラスを作ったり、ソーダガラスにしてみたり。いろいろなことをやってみました。今、肥前びーどろは赤と青の商品が多いのですが、それも、評判がよかったからです」。

昼間は商品を営業に回りながら、夜、工場長と新しいガラス製品の試作を続けたという副島社長。「変化は少しずつ。10年後、20年後に全然違うことをやっている、ということもあるでしょう。

変わっていくものと変えてはいけないもの。それを見極めるのは難しいのですが、その時代にあった伝統を作り、つないでいくのが自分の仕事だと思っています」。穏やかな口調ながら、そう語る社長の目には、次の肥前びーどろの姿が、見えかけているのかもしれない、とも思いました。

 

<ちょっと足をのばして>
肥前びーどろにつながる佐賀藩の歴史を知る
佐賀県立佐賀城本丸歴史館

副島硝子から歩いて20分ほどの場所にある佐賀城跡。佐賀を治めた鍋島氏の本丸御殿の一部を再現したのが佐賀城本丸歴史観です。日本初の本丸御殿復元でも知られ、内部には45メートル続く長い畳敷きの廊下などもあります。

展示室には、精錬方の歴史や研究成果なども展示。当時作られた製品なども見られます。

佐賀県立佐賀城本丸歴史館

佐賀県佐賀市城内2-18-1
0952-41-7550
開館時間:9:30~18:00
休館日:12月29日~12月31日(その他臨時休館日あり)
https://saga-museum.jp/sagajou/

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