工芸品は食洗機で洗える?素材別の可否と手入れ方法解説
「この器、食洗機で洗っても大丈夫ですか?」日本工芸堂で多く寄せられるご質問のひとつです。家電の進化で食洗機が一般的になった今、工芸品も「使えるのか」「使えないのか」が気になりますね。
ただし、答えは素材や仕上げによって異なります。
この記事では、漆器・木工・ガラス・陶磁器・金属・銀・金など、代表的な工芸素材ごとに「なぜNGなのか」「どんな条件ならOKなのか」をまとめました。一覧表で確認しながら、正しいケアで長く美しく使うためのヒントをお届けします。
目次
なぜ「食洗機OK・NG」が分かれるのか?
食洗機は、お湯と高圧の水流、そして乾燥熱で汚れを落とす仕組みです。庫内では約60〜80℃の高温水が勢いよく噴射され、強アルカリ性の洗剤で油汚れを分解します。さらに、70〜90℃の高温乾燥によって水分を一気に蒸発させ、食器を清潔に仕上げます。
この「高温」「高圧」「アルカリ洗剤」「乾燥熱」という4つの要素こそが、実は工芸品にとって大きな負担となります。
たとえば、天然木や漆は急激な温度変化や乾燥で割れや白濁を起こしやすく、ガラスや金属も高温・洗剤・摩擦によって表面の光沢を失うことがあります。
また、竹や箔、絵付けなどの繊細な加飾部分は、摩耗や剥離の原因になりやすい素材です。
一方で、量産工業製品では「食洗機対応」と明記されたものもあります。
これは、耐熱樹脂やコーティングなど、仕様が統一された工業素材だからこそ実現できること。一つひとつ手作業で仕上げる伝統工芸品は、素材も製法も多様であるため、「一律にOK」とは言えないのが実際のところです。
素材別:食洗機対応早見表
以下は、代表的な工芸素材における一般的な目安です。 実際の使用可否は、製法や仕上げによって異なる場合があります。 お手元の商品の取扱説明や、つくり手の案内を必ずご確認のうえ、参考にしてください。
| 素材/技法 | 食洗機使用 | 理由・注意点 | おすすめケア方法 |
|---|---|---|---|
| 漆器(天然漆) | × | 高温・乾燥で漆が白濁・割れ・剥離するため。 | 手洗い+柔らかい布で水分を拭き取り、陰干し。 |
| 木工(無垢・拭き漆仕上げ) | × | 水分・熱で木が反る、割れる。油分が抜けやすい。 | 使用後すぐに洗い、よく乾燥。オイルメンテを定期的に。 |
| ガラス(吹きガラス・江戸切子など) | △ | 厚手の耐熱ガラスは可。ただし切子は傷・欠けの恐れ。 | やわらかいスポンジで手洗い。重ね置きは避ける。 |
| 陶磁器(有田焼・美濃焼など) | ○〜△ | 基本は可。ただし金彩・銀彩・絵付け部分は剥げる恐れ。 | 装飾のあるものは手洗い推奨。 |
| 金属(錫・銅・真鍮など) | ×〜△ | 高温で変色・腐食する場合あり。 | 柔らかい布で洗浄後すぐ乾拭き。酸性洗剤は避ける。 |
| 銀製品(純銀・銀メッキなど) | × | 高温・洗剤で硫化し黒ずむ。細工部分の劣化も。 | 中性洗剤で手洗いし、すぐに柔らかい布で乾拭き。 |
| 金製品(金箔・金彩・金メッキなど) | × | 高温と洗剤で剥離・変色の恐れ。 | やわらかい布で優しく手洗い。研磨剤入り洗剤は避ける。 |
| チタン製品 | ○ | 錆びにくく高耐久。食洗機対応の例も多い。 | 他素材と接触しないように配置。 |
| 竹製品・籠 | × | 水圧・熱で割れやカビの原因に。 | ぬるま湯でさっと洗い、風通しのよい場所で乾燥。 |
| ガラス+金属装飾(例:金箔ガラス) | × | 金属箔が剥離・変色するため。 | やわらかい布で優しく手洗い。 |
漆器・木工─天然素材ゆえに避けたい理由
漆器や木のうつわは、温度と湿度の変化にとても敏感です。 漆器の場合、高温の湯や乾燥熱によって漆膜が柔らかくなり、表面が白く曇ったり、細かいひびが入ったりすることがあります。特に天然漆で仕上げられた器は、漆自体が「呼吸する塗膜」であるため、熱や乾燥によって内部の水分バランスが崩れやすいのです。
また、食洗機で使用される強アルカリ性洗剤は、漆の有機成分を分解しやすく、ツヤや色味が失われる原因にもなります。拭き漆や朱塗りなどの繊細な仕上げは、洗剤の化学反応によって“表情”が変わってしまうこともあります。
木工の器も同様に、木そのものが湿度を吸収・放出する性質を持つため、高温高湿の環境では反りや割れが起きやすくなります。水に長時間さらされると木の導管に水分が染み込み、膨張→収縮を繰り返してしまうことも。さらに、木の内部に残った水分が乾ききらないまま収納されると、カビや黒ずみの原因になります。
だからこそ、天然素材のうつわにとって理想的なのは、やわらかいスポンジと中性洗剤での手洗いです。洗ったあとは布で水分を拭き取り、風通しのよい場所で自然乾燥を。 木のうつわには年に数回、オイルや蜜蝋で保護膜を補うことで、しっとりとした艶を保つことができます。
工芸品の魅力は、“天然素材の呼吸”に寄り添うこと。 手をかけながら使い続けることで、漆はより深い艶を帯び、木は柔らかい手ざわりへと育っていきます。 手洗いは単なるお手入れではなく、器との対話の時間なのです。
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ガラス・陶磁器─条件つきで使える場合も
ガラスや陶磁器は、他の素材に比べると熱や水に強く、ある程度の耐久性があります。 とくに厚手の耐熱ガラスや高温焼成の磁器は、短時間・低温モードの食洗機であれば使用できる場合もあります。 ただし、これはあくまで「素材が無地で、装飾がない場合」に限られます。
たとえば江戸切子や薩摩切子などのカットガラスは、表面の凹凸に高圧の水流が当たることで、カットの角が摩耗したり、細かな欠けが生じたりするリスクがあります。 また、手磨き仕上げのガラスは、目に見えない微細な傷がつくことで光の反射が鈍くなり、輝きが失われてしまうこともあります。
陶磁器も同様に、素地は丈夫でも、金彩・銀彩・絵付けなどの装飾部分は非常にデリケートです。 金属箔や絵具は釉薬の上に施されているため、アルカリ性洗剤や高温乾燥により徐々に剥がれてしまう可能性があります。 たとえば有田焼や九谷焼などでは、金彩が特徴的な器ほど食洗機には不向きです。
ガラスや磁器の透明感・艶やかさを長く保つには、やはりやわらかいスポンジでの手洗いが最善です。
洗ったあと、乾いた布で軽く拭くと、水跡が残らず、光沢がより際立ちます。
“透明の中に光を宿す”工芸の美を楽しむために、ほんのひと手間を惜しまないことが、美しさを守る近道です。
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金属・銀・金─輝きを守るため
金属のうつわや酒器は、見た目の印象以上に繊細な性質を持っています。 錫・銅・真鍮などは熱伝導がよく、食洗機の高温や乾燥熱によって表面の酸化皮膜が変質し、色味や艶が変化してしまうことがあります。 一度変色すると元の風合いに戻すのは難しく、素材本来の“柔らかな光”が失われてしまいます。
また、銀製品は特に注意が必要です。 銀は空気中の硫黄分と反応して硫化し、黒ずみを起こします。 食洗機内の熱と洗剤の化学反応によってこの硫化が進みやすく、わずか数回の使用でも色がくすむことがあります。 同様に、金箔や金彩を施した器も、表面の箔が熱と摩擦で剥離しやすく、輝きを損なう原因になります。
そのため、これらの素材には「早く洗って、早く拭く」というシンプルな手入れが最も効果的です。 使用後はぬるま湯で中性洗剤を使い、やわらかい布で優しく洗浄。 すぐに乾いた布で水分を拭き取り、空気の循環する場所で保管します。
錫や真鍮は時間の経過とともに味わい深い色に変化するため、その“経年の表情”も楽しみの一つです。
一方で、銀製品や金彩器のように“光沢そのものが美”の要素となっている品は、定期的な手入れが不可欠です。 専用のクロスで軽く磨くだけでも、輝きはよみがえります。 そのひと手間こそが、職人が託した素材の美を長く伝えていく行為なのです。
食洗機を使う際の工夫と注意点
どうしても食洗機を使いたい場合は、いくつかの工夫で負担を減らすことができます。まず、低温モード(50℃以下)や乾燥なし設定を選びましょう。 高温や長時間乾燥は、漆や木、金属などを劣化させやすい要因です。
また、食洗機はメーカーや機種によって温度・水圧・洗剤の噴射方式が異なります。「対応」とされる条件もまちまちのため、家庭の機材性能をよく理解したうえで使うことが大切です。とくに高温乾燥機能のあるモデルでは、熱による変形やひび割れが起こりやすくなります。
さらに、他の食器と接触しないように配置し、洗浄後はすぐに取り出して柔らかい布で水分を拭き取るのが安心です。 庫内に長く放置すると、結露や変色の原因になります。
最後に、日常使いの器と特別な器を使い分けるのもおすすめです。 とはいえ、工芸品は一点ごとに個性があり、仕上げも異なります。 最終的な判断は、必ずメーカーや職人の案内を確認するようにしましょう。
食洗機と工芸品、ほどよい距離感で
どんな素材のうつわも、使ったあとのひと手間が寿命を左右します。 柔らかいスポンジと中性洗剤でやさしく洗い、水分を拭き取る。 この基本を守るだけで、工芸品は驚くほど長く、美しく保てます。
漆器や木製品には定期的にオイルや拭き漆でのメンテナンスを、 金属製品には乾拭きを。 素材に合ったケアを続けることで、艶や手ざわりは少しずつ深まり、 “使うほどに味わいが増す”という工芸の魅力が育っていきます。
一方で、食洗機は便利な家電ですが、 高温・水圧・乾燥熱という仕組みは、多くの工芸品とは相性がよくありません。 漆や木、箔、絵付けなど、素材や装飾が繊細なものほどダメージを受けやすいため、 使用の可否はメーカーや職人の案内を確認してから判断するのが確実です。
同じ“陶器”や“ガラス”でも、焼成温度や厚み、釉薬の違いによって耐性はさまざま。 見た目だけで判断せず、「この器はどうつくられているのか」を知ることが、 長く使ういちばんの近道です。
食洗機対応かどうかより、「どう使い、どう守るか」。 それを意識するだけで、器との時間はもっと豊かになるのではないでしょうか。





