別府温泉のにぎわいとともに進化した「別府竹細工」

別府温泉のにぎわいとともに進化した「別府竹細工」

江戸時代、別府温泉の滞在客用に作られるようになった竹細工は、やがて土産物となり、別府温泉の名産品として定着した。別府竹細工の特徴は、200種類以上の竹の編み方(編組(へんそ))にある。竹ひごを作るところからすべて手作業で行われ、熟練した職人の手の感覚が緻密で秀麗な作品を仕上げていくのである。

別府竹細工の歴史

別府竹細工の歴史は古く、室町時代にはすでに始まっていたとされるが、別府の特産品として知られるようになるのは、別府温泉の名が広く知られるようになった江戸時代からのことである。さらに明治時代には、この地域の産業として、技術者の養成と産業振興のための施策が図られるようになった。以降、単なる土産物ではなく、美術工芸品としての価値を持つ製品が積極的に作られていくようになる。

日本工芸堂/別府竹細工

別府竹細工の特徴

別府のマダケの繊維は細かく粘りがあり、緻密な編組を可能にしている。マダケは、さまざまな形状に加工される。まるで糸のような「丸ひご」、紙のような「平ひご」など、マダケを1mmにも満たない細さや薄さを持つ多種多様な竹ひごに加工する技術あってこその別府竹細工である。竹ひご作りが別府竹細工を支えているといっても過言ではない。

日本工芸堂/別府竹細工

そして、こうした良質な竹ひごが、複雑な編み方をも可能にしているのである。「四つ目編み」「六つ目編み」「八つ目編み」「網代(あじろ)編み」 「ござ目編み」「松葉編み」「菊底(きくぞこ)編み」「輪弧(りんこ)編み」という編み方が、別府竹細工の基本的な技法として、経済産業省から指定されているが、こうしたさまざまな編み方を組み合わせることによって、200種類以上の編み方が可能になるという。

そうした技術を活かし、伝統的な生活用品やカゴなどだけではなく、現在では、芸術性の高い花器やインテリア用品などといった複雑な形状のものも作られている。また別府竹細工には、竹本来の風合いを楽しむものと、仕上げに漆を塗るものとがある。芸術性の高い作品の中には、数十万円以上もするものもある。

別府竹細工の職人とこれから

別府竹細工も、ほかの伝統工芸同様、高度経済成長の波に飲まれ、安価なプラスチック製品に需要を奪われていった。しかし、継承されてきた高い技術によって、美術工芸の域に達することに成功し、新たな道を見出すこととなった。1967(昭和42)年、竹細工では初めての人間国宝に、生野祥雲斎(しょうのしょううんさい)が指定されたのも別府竹細工である。さらに、1979(昭和54)年には、通産省(現 経済産業省)から「伝統的工芸品」の指定を受けるに至る。

別府竹細工の作品は、ミリ単位以下の誤差すら許さない高度な職人技のたまものである。良質な竹ひごとはいっても、もともとが自然界のものであるから、微妙に形状や性質も異なる。そうした一本一本の竹ひごの特性を手先の感覚で確認しながら緻密に編んでいく、まさに熟練の技の結晶といえるだろう。指先の研ぎ澄まされた感覚、数百という竹ひごを寸分の狂いもなく編み上げていく高い編組の技術が美しい作品を生み出しているのだ。

日本工芸堂/別府竹細工

日本工芸堂/別府竹細工

こうした技術は、一朝一夕に身に付くものではない。次世代へ技術を継承していくためにも、別府市竹細工伝統産業会館では、別府市内在住者を対象にした「竹の教室」を毎年開催している。教室には、単なる趣味としてではなく将来の職業として希望する受講生もおり、熟練した講師による指導のもと技術の習得に励んでいる。

人の手のぬくもりから生まれる美しい竹細工

別府竹細工は、別府で育まれた良質なマダケと、修練を重ねた高度な職人の技術とが生み出した伝統工芸品である。しかし、需要の低下に伴い、技術の継承が大きな課題となっている。そのため、マダケの性質を最大限に引き出すための加工技術も含め、若い技術者の育成も図られている。

日本工芸堂/別府竹細工

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