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記事: 風鈴のルーツ──古代から続く“音”の美学と、涼を届ける工芸のかたち

風鈴のルーツ──古代から続く“音”の美学と、涼を届ける工芸のかたち
#工芸を知る

風鈴のルーツ──古代から続く“音”の美学と、涼を届ける工芸のかたち

夏の訪れとともに、そよ風に揺れて涼やかな音を響かせる風鈴。その音に、どこか懐かしさや安らぎを感じたことはありませんか?

実はこの風鈴、単なる夏の風物詩ではなく、古代中国の宗教的な道具にルーツを持ち、日本では仏教建築、そして庶民の暮らしへと受け継がれてきた、奥深い文化を宿した存在です。今回は、風鈴のはじまりから現代の工芸品としての姿まで、その変遷をたどってみましょう。

 


中国の風鐸─“風を視る”ための青銅の鈴

古代中国では、風鐸(ふうたく)と呼ばれる青銅製の鈴が建物の軒に吊るされていました。風が鳴らす音を通じて「気」の流れや吉凶を占う道具とされ、魔除けや聖域を守る役割を果たしていたのです。陰陽五行や風水の思想とも深く結びつき、風鐸の音は空間に神聖さをもたらすものでした。

風鐸は単なる装飾ではなく、風水的信仰と密接に関わる呪具として位置づけられていました。風水では、風が運ぶ「気」の流れが人の運命を左右するとされ、その巡りを“音”で感じ取り調整するという考え方がありました。

風鐸の設置場所や音色にも意味が込められ、悪しき気を祓い、良き気を招く存在とされていたのです。こうした思想はやがて仏教と融合し、寺院の屋根に吊るされた風鐸は「仏の呼びかけ」を象徴するものとして受け入れられました。

風鐸は“音によって空間を聖化する装置”としての意味を深め、その精神性は日本の風鈴へと受け継がれていきます。

 

仏教とともに日本へ─“邪気払い”の祈りと音

風鐸(ふうたく)は、中国で仏教建築とともに発展した文化的要素のひとつであり、6世紀半ばの仏教伝来とともに日本にも伝わったと考えられています。飛鳥時代から奈良時代にかけては、法隆寺や東大寺などの寺院建築に見られ、すでに仏教的象徴として機能していました。

とくに平安時代以降、寺院の屋根の四隅や軒先に吊るされる風鐸は、風を受けて鳴る音によって「煩悩を祓い、心を鎮める」とされ、清らかな音色が僧侶の修行空間や信仰空間に静謐な気配をもたらしました。

こうした「音」に込められた意味は、梵鐘や木魚にも通じる仏教独特の考えを音によって空間に“立ち上がらせる”という感覚とつながっています。

風鐸は単なる装飾ではなく、音によって場を清め、邪気を払い、空間を聖なるものへと変化させる“聖化の装置”として、仏教建築に欠かせない存在であり続けたのです。


江戸時代の民衆文化へ─びいどろの美と音の楽しみ

やがて時代が下り、江戸時代になると、風鈴は寺院の聖域から離れ、町人文化のなかへと広がっていきます。特に、長崎出島を通じて伝わったポルトガル語由来の「びいどろ」(vidro=ガラス)技術が、日本の鋳造や絵付けの技術と融合することで、視覚と聴覚の両方で涼を感じる「ガラス風鈴」が生まれたのです。

びいどろの風鈴は、光を受けてきらめく透明感、そして軽やかで澄んだ音色が特徴。金属製の風鐸に比べて、より繊細で情緒的な“音の美”を楽しめるようになりました。

江戸の町では、軒先や縁側に吊るされた風鈴が、風に揺れて涼やかな音を奏でる光景が夏の風物詩となり、「風を聴く」ことで暑さを和らげるという“音による涼感”が庶民の間に定着していきます。

また、当時の風鈴は音色の違いによって好みが分かれ、音を選ぶという楽しみ方も生まれました。音を聴いて購入する風鈴売りの声が町をめぐり、季節の訪れを告げる風物詩となっていたともいわれています。

このような、生活のなかに美と風情を取り入れる江戸の美意識=“粋(いき)”を体現した存在こそが、びいどろ風鈴でした。

 

高岡風鈴と南部風鈴

風鈴文化を今に伝える地域の中でも、とりわけ高い技術と独自の音色で知られるのが、高岡(富山県)と南部(岩手県)という2つの産地です。

いずれも400年を超える鋳物の伝統を背景にもち、それぞれ異なる素材と音の響きによって、“聴く工芸”としての風鈴文化を現代に伝えています。

高岡風鈴(富山県・高岡市)

高岡は、日本を代表する銅器の一大産地。真鍮製や銅製の風鈴は、梵鐘やおりんにも通じる澄みきった音を奏でます。高く響く「リン……」という余韻は、清らかで伸びやか。見た目も美しく、現代インテリアにも馴染みます。

この地の鋳物文化は、加賀藩主・前田利長が1611年に鋳造産業を奨励したことに始まります。以来400年以上にわたり、仏具や銅像などの鋳造技術が受け継がれ、今では「能作」などのブランドが、真鍮風鈴をはじめとするデザイン性の高い製品を国内外に発信しています。

金屋町では、観光客向けに風鈴づくりの体験も行われており、伝統技術を学びながら、自分だけの“音”を持ち帰ることも可能です。伝統を守りながらも、日常に溶け込む美しさを追求する高岡の風鈴は、まさに「聴いて愉しむ工芸」といえるでしょう。

南部風鈴(岩手県・盛岡市・奥州市〈旧水沢〉)

東北を代表する南部風鈴は、南部鉄器の重厚な質感と美しい音色で知られています。特徴は、「リーン」と澄んだ音が長く続くこと。音の芯に力強さがありながらも、どこか優しく、心にすっと染み込むような響きがあります。

そのルーツは平安時代末期、旧伊達藩・水沢の鋳物文化に始まり、江戸時代には茶道具や日用品として発展。昭和期には風鈴としての製法が確立されました。

現在では、JR水沢駅に風鈴が吊るされ、駅全体が“音の空間”として機能するなど、地域の風景の一部となっています。2001年にはその音風景が「日本の音風景100選」にも選ばれ、地域文化の象徴ともいえる存在に。

花や動物、イルカなど、ユーモラスな形状のものも多く、伝統の技術と遊び心が見事に融合した、進化する工芸品としての魅力を放っています。


まとめ

風鈴は、単なる涼を呼ぶ道具ではなく、古代の祈りや美意識、そして日々の営みに寄り添ってきた“音の工芸”です。中国の風鐸に始まり、日本の仏教建築に根づき、江戸の町人文化で暮らしの中に息づき、現代では癒しやアートとして再び注目を集めています。

風鈴の音に耳を澄ませるとき、そこには風のかたち、季節のうつろい、そして誰かが込めた願いや手のぬくもりが重なって響いています。それは、見えないものと心を通わせる、ささやかで豊かな時間。

今年の夏、もし風鈴を手に取る機会があれば、その音がつくられた背景に少しだけ想像をめぐらせてみてください。音に導かれて、あなたの暮らしにもそっと文化が入り込み、記憶に残る風景が生まれるかもしれません。
風を音に変える小さな工芸。その響きは、時代を越えて、私たちの感性に語りかけ続けています。

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