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記事: 伝統工芸の旅|別府に通い続ける理由——別府竹細工と風土の関係

伝統工芸の旅|別府に通い続ける理由——別府竹細工と風土の関係
#伝統工芸の旅

伝統工芸の旅|別府に通い続ける理由——別府竹細工と風土の関係

なぜ、私は別府に通い続けているのか。

九州の工芸に深く関わってきた人物を紹介されたのが、最初の接点でした。その方は、大分の工芸について話すとき、統計や市場規模ではなく、いつも具体的な人の名前と顔を口にしました。「あの職人は今こういうものを作っています」「あの工房は後継者が入ってから少し変わってきました」。その語り方が、私の工芸との関わり方を少しずつ変えていったように思います。


なぜ、別府に通い続けているのか

以来、年に二度ほど別府を訪れています。春と秋に、だいたい二泊三日の行程で。日本各地の産地に足を運んでいますが、同じ場所に繰り返し通っている産地となると、別府が最も多くなります。取材というより、近況を確認しに行くような感覚に近いです。

なぜ別府なのか、とよく聞かれます。竹細工の産地は他にもあります。それでも別府に何度も通うのは、単に商品を仕入れる場所としてだけでは説明がつかない何かが、あの町にあるからだと思っています。


温泉の町に根付いた工芸

別府という町を知らない方に少しだけ説明しておくと、ここは日本有数の温泉地です。湯量で言えば世界でも指折りの規模で、町のあちこちから白い湯けむりが立ち上がっています。

別府竹細工とこの温泉文化は、深いところで結びついています。かつてここを訪れた湯治客たちが日常的に使う道具として、竹細工は広がっていきました。籠、座具、置物。生活の傍らに竹がありました。

観光土産としての竹細工ではなく、この土地の日常の延長としての竹細工、という空気が今もどこかに残っている気がします。別府の街を歩くと、その体感があります。

別府竹細工について詳しく知りたい方は こちら


山からはじまるものづくり

何度か別府を訪れるうちに、工房見学だけでは産地の輪郭が摑めないと感じ始めました。ある年の秋、竹林への同行を許していただきました。

早朝、車で山に入ります。別府の竹林は、大分市との境に近い山あいにあります。到着したとき、竹林の中は想像以上に静かでした。光が斜めに差し込み、葉ずれの音だけがあります。竹を見上げると、思ったより太く、天を向いてまっすぐに伸びていました。

職人が選ぶのは三年から五年ほど育った竹だといいます。若すぎると脆く、育ちすぎると繊維が粗くなります。斧と鉈を使って切り倒す作業は、見ているぶんには簡単そうに見えますが、倒す方向を見極めるのに長い経験が要るそうです。

山から下ろした竹は、そのまま製品になるわけではありません。「湯抜き」という工程があります。竹を熱湯で茹で、内部の油分を抜きます。これによって竹はしなやかさを保ちながら長持ちするようになります。工房の片隅に置かれた湯抜き用の大きな釜を初めて見たとき、製品になるまでの道のりの長さに少し驚きました。

さらに乾燥、矯正と続きます。曲がった竹を熱でまっすぐに均していく作業です。私が想像していた「竹細工の工程」は、実はまだ始まってもいませんでした。


編むのは最後の工程だった

竹細工というと、まず「編む」作業を想像する方が多いのではないでしょうか。私もそうでした。熟練した手が素早く竹を絡ませていく様子——そのイメージが「竹細工」という言葉とほぼ同義になっていました。

実際に工房の工程を順番に教わって、その認識が変わりました。

まず竹を割きます。山から下ろした竹を適切な幅に割る作業です。専用の道具を使い、割った竹をさらに薄く剥いていきます。この「ひご作り」と呼ばれる工程の精度が、最終的な製品の質を決定的に左右します。ひごの厚みが均一でなければ、どれだけ丁寧に編んでも、仕上がりに狂いが出ます。

工芸品の値段には、目に見えない工程の積み重ねが含まれています。それは頭では理解していたことでしたが、実際に工房の流れを一日かけて見ると、腑に落ち方が違いました。

また、別府竹細工は分業が発達してきた産地でもあります。山出し、ひご作り、編み、仕上げが、かつては別々の手を経ていました。今は一人の職人が全工程を担うことも増えていますが、それぞれの工程に専門の目と手があったという歴史は、この産地の奥行きをよく示しています。

竹かごの種類や使い方については こちら


職人の言葉

ある工房で、一人で工房を切り盛りする職人とゆっくり話す機会がありました。お子さんがいて、子育てと作業を並行しながら仕事をされているとのことでした。

「ひご作りは、子どもが学校に行っている間にやることが多いんです」

そう笑いながら話してくれました。作業場の奥には、丁寧に揃えられたひごの束がありました。その束の一本一本に、積み重なった時間が見えるような気がしました。

「続けられるのは、好きだからですね。好きでなかったら、これは無理です」

その言葉が、しばらく頭に残りました。何かひとつのことに、ただ集中し続けられる。それがどれほどのことか。余計なことを考えずにいられる強さへの、静かなリスペクトが生まれた瞬間でした。


別府という場所の意味

別府の湯は、どこに行っても底から熱いです。源泉かけ流しの宿に泊まると、夜中でも湯が静かに流れ続けています。湯けむりが夜の空に溶けていく光景は、この町に来るたびに同じなのに、なぜか毎回少し違う印象があります。

竹という素材は、湿気に強く、通気性があります。温泉地の蒸し暑い環境の中でも、竹で編んだ籠や座具は快適さを保ちます。機能と風土が合致した場所に、工芸は根付きます。別府の竹細工が温泉の町に育ったのは、偶然ではなく必然だったのだと、今では思っています。

風土と工芸の関係は、産地を訪れるたびに強く感じることの一つです。その土地の気候、地形、文化、歴史が、工芸の形を少しずつ規定しています。別府で竹細工に触れると、その土地と技術が分かちがたく結びついていることが、体として伝わってきます。

工芸品を東京の店舗やウェブ上で見るとき、その背景にある土地の文脈は見えにくいです。産地に行くことの意味の一つは、その文脈を身体で理解することだと、私は考えています。

別府竹細工の歴史や背景については こちら


何度も訪れる理由

仕入れの判断だけなら、年に二度も別府に行く必要はありません。カタログや画像で選ぶことも、今はできます。それでも足を運ぶのは、対話の中にしか生まれないものがあるからです。

関わりが浅いころ、ある職人と一時間以上、竹ひごの幅と製品の価格設定について話し込んだことがありました。正解のない議論でしたが、話すことで互いの立場の輪郭がはっきりしていくような感覚がありました。産地側と流通側が、同じ工芸の未来について腹を割って話せる関係というのは、簡単には作れません。時間と回数が必要です。

「また、来てください」と言ってもらえるとき、私はそこに仕事以上の何かを感じます。縁と言ってしまえば曖昧ですが、工芸の産地と長く関わり続けるためには、この種の曖昧な繋がりが意外に本質的な役割を果たしています。

工芸との正しい距離感について、まだ答えは出ていません。近づきすぎると客観性を失い、遠すぎると見えなくなるものがあります。別府に通い続けることは、その距離を少しずつ調整する行為でもあります。

次の訪問は、来年の春になるでしょう。あの竹林の空気を、また確かめに行きたいと思っています。

別府で出会った職人たちの仕事は、こちらからご覧いただけます

竹という素材の魅力を一覧で見る場合は こちら