
【伝統工芸の旅】炎と土の町・伊部で出会う備前焼の現在
真夏の伊部。土の色をした町が、静かに広がっていました。
夏の暑い日、強い陽射しが照りつける中、伊部駅に降り立ちました。森一朗さんとはすでに東京で二度お会いしていましたが、この町に足を運ぶのは二度目です。それでも、改札を出るたびに特別な感覚があります。
観光地の喧騒はなく、赤茶けた壁と低い屋根が続く静かな町並み。遠くに見える煙突。暑さの中でも、不思議と落ち着いた時間が流れていました。
伊部という町そのものが、焼き物の素地のように感じられます。装飾はなく、けれど確かな厚みがある。備前焼と同じ空気をまとっている町でした。

穴窯の前で感じる、炎が刻む時間
窯は火入れの準備中でした。
まだ炎は入っていないはずなのに、そこにはすでに時間の匂いがありました。大きな穴窯の前に立つと、土の香りが立ちのぼります。煤の黒さ、積み重なった灰。火を入れる前の静寂の中に、長い時間軸が宿っているようでした。
土を得る。地元で粘土をつくる。水と混ぜる。親族がかつてつくった土の一部を、今も使い続ける。

そうした話を聞きながら、「六古窯」という言葉が頭をよぎりました。千年を超える歴史。その時間が、いま目の前の窯に繋がっている。備前焼とは、単に焼き物の様式ではなく、時間そのものを扱う営みなのだと実感しました。
六古窯(ろっこよう)について
日本古来から生産が続く6つの窯「六古窯」とは →備前焼とは——土と炎だけで生まれる器
備前焼は、岡山県備前市伊部を中心に生産される焼き物です。その最大の特徴は、釉薬を使わないことです。
土そのものを高温で焼き締めることで色と表情が生まれます。炎の当たり方、灰の降り積もり方、窯の中の場所によって、同じ土から全く異なる景色が生まれる。それを「窯変(ようへん)」と呼びます。
焼成には10日から2週間ほどかかります。火を入れたら、職人は窯の前を離れられない。薪をくべ、温度を読み、炎を観察し続ける。機械では制御できない時間の中で、器の表情が決まっていくのです。
歴史は古く、平安時代末期にまで遡ります。六古窯のひとつとして、千年を超えて現在まで生産が続く、日本最古級の陶磁器産地のひとつです。
備前焼の特徴と歴史についてはこちら
備前焼、日本古来の焼き物の特徴を探る →削るという行為——彫刻的思考が宿る器
工房では、削りの工程も見せていただきました。
そして、自分自身がろくろの前に座った数分間が、何より印象に残っています。
土はひんやりとしていました。そして思っていた以上に重い。土地の重さ、とでも言うのでしょうか。その感触がいまも指先に残っています。
形を整えることは、想像以上に難しい作業でした。素朴に見える備前焼ですが、実際に触れると、土は簡単には言うことを聞いてくれません。無骨さの中に、繊細な集中力が求められます。
削りや成形は、余分なものを足すのではなく、削ぎ落としていく作業です。その姿勢には、どこか彫刻的な思考を感じます。飾らないからこそ、形のわずかな違いが際立つ。備前焼は、静かな緊張感をまとった器だと思いました。

伊部の土に触れる——原土が語る備前焼の本質
伊部の土は、冷たく、密度がありました。
鉄分を多く含み、焼き締めることであの独特の焼き色が生まれます。釉薬を使わず、土そのものの力で勝負する備前焼。それは素材への深い信頼でもあります。
私がつくったぐい呑みは、森さんが少し手を入れてくださり、数ヶ月後に届きました。そのときのうれしさは、いまも忘れられません。
素朴な焼き色。派手さはありません。けれど、自分が触れ、形づくった時間がそこに刻まれている。その特別感は、市場で完成品を選ぶ体験とはまったく異なるものでした。

伝統とは、流れ続けること
伊部は、歴史を誇るだけの町ではありません。
森さんとの会話からは、常に時間軸を意識した姿勢を感じました。過去に敬意を払いながら、未来に向けた表現を探る。その両立は、簡単なことではありません。しかしこの町では、それが自然な営みとして続いています。
伝統とは止まることではなく、流れ続けることなのだと改めて思いました。

備前焼はなぜ静かに人を惹きつけるのか
実はいまも、あのぐい呑みを使っています。
自分が整形し、少し手を入れてもらい、焼き上がるまで待った器。数ヶ月後に届いたときの高揚感。その体験が、器の価値を何倍にもしてくれました。
備前焼は、華美ではありません。けれど創造性を要求します。装飾に頼らず、土と炎だけで表情をつくる。使い手にも、余白を委ねる。
その静けさこそが、人を惹きつける理由なのかもしれません。素朴であることは、決して単純ではない。むしろ、深い思考と時間の積み重ねを内包しています。
伊部で感じたのは、千年という時間の厚みでした。そしてその時間は、いまも続いています。土を触ったあの数分間が、私にとっての備前焼の現在です。
今回訪ねた森一朗さんの作品は、日本工芸堂でもご紹介しています。
"土と炎の景色"を、ぜひ手のひらで確かめてみてください。





