よしだ書道具店
9年かけて開発した
白磁の硯(すずり)と書道具
よしだ書道具店は、もともと有田焼の業務用食器を販売する会社だった。
「値段で評価されないオリジナルの商品がほしいと思うようになった」と語るのは、吉田史郎社長だ。
あるとき、器を取引していた飲食店の料理人が、字を書くのが苦手で困っている、という話を聞いた。吉田社長は有田で代々つづく絵付師の家系。祖父も父も兄弟も絵付に携わる、という環境の中、自然に筆に親しみ、筆で文字を書くようになったという。自分が持っている技術が、お客様の役に立つのであれば、と、飲食店のカウンターで書道教室を始める。「器は注文に合わせていろんなものができるのに、硯は普通なんだね」。広げられた道具を見た料理人の口から、何気なくこぼれた言葉に目からウロコが落ちたという。「硯は石でつくります。だから、黒くて重い。自分は焼き物を扱う会社にいる。焼き物で硯ができれば、形も色も自由な硯ができるのではないか」。吉田社長は一歩を踏み出した。
「墨をする」という文化を残すために
調べてみると、有田でもかつて硯を作った歴史が残っていた。「鍋島藩の殿様に献上されたという白い硯が残っていました。すごく重かったけど、かっこよかった。でも、墨をするところに黒い色が残って、せっかくの絵柄が死んでいるな、残念だなと思いました」。活かすもの、改善するものが見えた。吉田社長は焼き物を販売する通常業務の傍らで、商品開発に取り組み始めた。
自分も書道をやる人間。中途半端なものは作れない。そんな思いから、試作品ができると、書道教室の先生などに使ってもらった。大きさやすった墨の濃度、すりやすさなど、多くの人の意見を聞いた。「自社に工場があるわけではないので、どこかの窯で焼いてもらわないといけません。多くの人に使ってもらえるよう、誰が焼いても同じものができて、大量生産できるような製法や仕組みづくりにもこだわりました」。
誰にでも納得してもらえる硯ができたのは9年後。初めは「こんなもの」ときつい言葉で評価していた書道の先生から「墨をする、という文化を残してくれるいい硯」という評価をもらえるまでになった。
ゆったりと墨をすり、筆で文字を書く時間を過ごす。よしだ書道具店が作り出したのは、有田焼という伝統工芸を活かすだけでなく、消えゆく日本の美しき文化を、多くの人に思い出させてくれる逸品だ。
Buyer's Voice 代表・松澤斉之より
あきらめずに開発を続けた吉田社長の情熱
トレイルランに出場することもあり、山に登るのも趣味の一つだ。「山に登りはじめた人だけが、頂上からの絶景を見ることができる」というような言葉がある。吉田さんの話を聞いていて、その言葉を思い出した。あとちょっとかもしれない、と思いながら、あきらめずに完成を目指したことで、こんなにもイノベーションな商品ができたのだなと思った。
さらにすごいと思ったのは、書道のプロにも納得の品質を備えながら、窯元の利便も考えた仕組みを考えたということ。「小さいから器の間にいれて焼いてもらえる。だから、窯元さんにとってもいい商品なんです」。
工場をもたない、ファブレスメーカーになったよしだ書道具店。アイデア次第でさまざまな用途に広がる可能性もある。新しい商品づくりのアイデアを、これから一緒に練ってみたいと思っている。