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記事: 地域芸能と工芸技術を、次の世代へつなぐ

地域芸能と工芸技術を、次の世代へつなぐ
#工芸の視点

地域芸能と工芸技術を、次の世代へつなぐ

阿波人形浄瑠璃の舞台には、娘の顔が一瞬で鬼へと変わる場面があります。「清姫」の物語です。客席がざわめくその瞬間、人形の内部では、仕込まれたからくりが静かに動いています。紐が引かれ、額から角が現れ、口が裂ける。観客の目に映るのは表情の変化ですが、それを支えているのは、外からは見えない構造と、それをつくり続けてきた手仕事です。

今回ご紹介するのは、この「かしら」(人形の頭部)のからくりを、自分の手で組み立てられる体験キットです。徳島の3D DEKO PROJECTが開発し、日本工芸堂でも取り扱いを始めました。商品のご案内に先立ち、私たちがこの品を扱う理由を、地域芸能と工芸技術の関係からお伝えします。

地域芸能の中にある、工芸技術

阿波人形浄瑠璃は、徳島に伝わる人形芝居です。人形、義太夫節の語り、三味線、物語、そして農村舞台と呼ばれる地域の上演空間。これらが重なり合い、ひとつの芸能を形づくっています。

演者と物語だけで成り立つものではありません。人形の頭を彫る人、からくりを仕込む人、衣裳や道具をつくる人。舞台の周辺には多くの職人の営みがあり、芸能と工芸技術は切り離せない関係にあります。

「清姫」に使われるかしらは「ガブ」と呼ばれ、徳島(阿波)の人形師が考案したと言われています。ふだんは娘の顔をしていますが、人形遣いが紐を引くと角が現れ、口が耳元まで裂け、鬼の形相へと変わります。これは単に観客を驚かせるための仕掛けではなく、物語の展開や人物の感情を、言葉を使わずに伝える表現の技術です。

ただし、その機構は人形の内部に隠れているため、客席から眺めるだけでは、何がどのように動いているのかを知ることはできません。

人形師、制作風景。写真提供:徳島県立阿波十郎兵衛屋敷

「観るもの」を、手で組み立てて理解する

本物の浄瑠璃人形は高価で繊細です。文化財として扱われるものも多く、一般の人や子どもが内部に触れる機会はほとんどありません。保存を優先すれば触れる機会は減り、触れることを許せば損耗の危険が生じる。文化財を守る現場には、こうした緊張関係があります。

また、伝統芸能には「難しそう」「知識がないと楽しめない」という印象もあります。芸能そのものの価値が薄れたというより、日々の暮らしのなかで触れる機会が少なくなっていることも、現状の一因ではないでしょうか。

3D DEKO PROJECTの組立キット(以下写真)は、その距離を縮める試みのひとつです。二本の紐がどこを通り、どの部品が動いて表情が変わるのか。部品を組み上げる過程で、「ガブ」の仕組みを自分の手で確かめられます。

「観るもの」だった芸能に、「手を動かして理解する」という入り方が加わります。

3D技術を、伝えるための手段にする

キットは3Dモデリングと3Dプリントを用いてつくられ、素材にはPLA(植物由来のバイオプラスチック)とステンレス線が使われています。プロジェクトの発祥は、阿波人形浄瑠璃の本場である徳島です。

実際に手に取ると、最新技術を誇示するような印象はありません。設計の中心にあるのは、紐と部品の連動という、かしらの内部で起きていることを、どう分かりやすく手渡すかという工夫です。

ふだん見ることのできない構造を見えるようにし、触れられなかったものに触れられるようにする。ここでの3D技術は主役というより、そのための手段として使われています。(製作中データは以下写真、3D DEKO PROJECT提供)

だからこそ、組み立て終えたときに残るのは技術への驚きだけではありません。「本物のかしらは、これを木で、手で、つくっているのか」という、職人の仕事への想像が生まれます。

キットは本物の代わりではなく、本物へ向かう入口

ひとつ、確認しておきたいことがあります。このキットは、本物の人形や舞台を置き換えるものではありません。

阿波人形浄瑠璃の魅力は、語り、三味線、物語、地域の歴史、舞台の空間、演者の身体が一体となるところにあります。かしらの機構は、その一部にすぎません。機構だけを取り出して全体を理解したつもりになるなら、それは文化を単純化することにもつながりかねません。

ただ、単純化を恐れて入口まで閉ざしてしまえば、関心を持つ機会も減ってしまいます。大切なのは、入口を開いたうえで、その先にある本物へ向かう道筋を保つことではないでしょうか。

からくりを自分で組み立てた人が、次に舞台を観るとき、人形遣いの手の内で何が起きているのかを、以前より具体的に想像できるかもしれません。その想像が、鑑賞の解像度を変えていきます。

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷ホームページ

写真提供:徳島県立阿波十郎兵衛屋敷

保存と入口づくりは、対立しない

古典文化の再生という言葉は、過去の形をそのまま残すこととして受け取られがちです。けれど、現代の人が触れ、理解し、関心を持って本物へ近づいていく入口をつくることも、再生の大切な一部ではないでしょうか。

保存と入口づくりは対立しません。入口があるからこそ、守られてきたものの意味が、次の世代へ手渡されていきます。

組み立てたあとに、徳島の舞台を観に行く。地域を訪ね、上演の場に足を運ぶ。かしらを彫る職人の仕事を調べてみる。キットの先にそうした行動が続いていくなら、この小さな箱は、地域芸能と工芸技術をつなぐ結び目のひとつになるはずです。

*阿波人形浄瑠璃で、実際に「ガブ」が使われているyoutube映像。掲載許可をいただいております。

日本工芸堂がこの品を扱う理由

日本工芸堂は、完成した品を届けるだけでなく、その背景にある技術、土地、人の営みに触れる接点も届けたいと考えています。

この組立キットを扱うのは、阿波人形浄瑠璃のすべてを小さな箱に収めるため役割ではありません。からくりを自分の手で組み立てる経験を通じて、舞台を観ること、地域を訪ねること、技術の背景を知ることへつながる入口をつくるためです。

地域芸能とそれを支える技術への関心が、次の行動へつながっていく。販売を通じて、その循環を私たちなりに支えていきたいと考えています。

つくることから、知ることへ。知ることから、舞台や地域へ。この小さなかしらが、その最初の一歩になりますように。


阿波人形浄瑠璃「清姫」のからくり人形頭を、自分の手で組み立てる体験キットです。紐を引くと角が現れる「ガブ」の仕組みを体験できます。
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