青森県の伝統工芸品、津軽塗の特徴は?お箸やお椀、アクセサリーなどどんな種類がある?
独特な模様をもつ優美な外見が目を惹く津軽塗。本記事では津軽塗の歴史や特徴、制作工程などについて紹介していきます
目次
そもそも津軽塗りってなに?
津軽塗とは?
津軽塗は、青森県の西部に位置する津軽地方で、300年以上制作されてきた漆器です。青森県を代表する伝統工芸品として名高く、漆を纏った優美な外見は人々を魅了してきました。そんな津軽塗の大きな特徴は、完成までに膨大な手間と時間がつぎ込まれることです。
「バカ塗り」とも呼ばれるほど、ひたすら漆を塗っては研ぐ作業を繰り返します。それにより耐久性が増し、毎日使う箸でも10年以上その美しさを維持し続けられるとされています。
それでは、津軽塗の魅力を詳しく探っていきましょう。
津軽塗の歴史
津軽塗が生まれたのは、江戸時代中期にあたる17世紀末~18世紀初頭です。徳川幕府による統治が安定した時代でした。寛永19年(1642年)から施行された参勤交代制では、街道が整備されて流通が発展し、上方や江戸など都市部の文物が地方に普及していくようになりました。それに伴い、各地の藩が地域の産業を保護するようになり、多くの工芸品が誕生します。
津軽塗もその一つで、弘前藩の第四代藩主である津軽信政公が、全国各地から職人や技術者を弘前に招いたことで、津軽塗の製造が始まりました。当初は刀の鞘を装飾するために津軽塗を用いていましたが、その上品な美しさが人々に評価されていき、やがて様々な調度品を彩るようになりました。
明治4年(1871年)の廃藩置県が制定されたことで、藩による津軽塗の保護政策はなくなりますが、藩に代わって県が保護の役割を担ったことや、漆器の製造所や組合が結成されたことで、津軽の漆器産業は生き延びました。実は、この頃はまだ「津軽塗」の名称はなく、明治六年(1873年)のウィーン万国博覧会に漆器を展示する際に初めて「津軽塗」と名付けられました。
その後は大衆化が進み、生産数販売数ともに増加を続けましたが、昭和4年(1929年)の世界恐慌やその後の第二次世界大戦により、深刻な不況に陥ります。しかし、第二次大戦後には津軽塗関連組織の改革や展示会の開催などを積極的に行い、再び息を吹き返しました。
昭和50年(1975年)に津軽塗が経済産業大臣指定伝統工芸品に選定され、平成29年(2017年)には青森県初の重要無形文化財に指定されました。現在でも津軽塗は青森県を代表する伝統工芸品として人々に親しまれ、発展を続けています。
津軽塗の産地
津軽塗は青森県弘前市を中心とする津軽地方で制作されます。青森県の南西部に位置する弘前市には、東に奥羽山脈の八甲田連峰、西に岩木山、南には世界遺産に登録されている白神山地が連なり、豊かな自然に恵まれた土地です。
約400年もの歴史のある弘前城の城下町を基に形成された市街地には、江戸時代の社寺や武家屋敷から、明治大正期の洋風建築、近代建築まで、新旧和洋の入り混じった建物が残されています。文化的資源も豊富で、夏には「弘前ねぷたまつり」、春には「弘前さくらまつり」が開催されます。
「弘前ねぷたまつり」は重要無形民俗文化財に指定されており、約80台のねぷたが夏の夜に市内を練り歩きます。「弘前さくらまつり」は弘前城の建つ弘前公園で満開の桜を鑑賞できる祭りです。夜には桜がライトアップされ、幻想的な風景が広がります。
津軽塗の特徴
たくさんの手間暇をかけられて生まれた津軽塗には、ならではの特徴が現れます。ここからは、津軽塗の代表的な特徴を2つ紹介していきます。
実用性に富んでいる
津軽塗は耐久性に優れています。前述のように、丁寧に扱えば、箸は10年以上使用することができると言われています。その丈夫さを評価されて、古くは刀の鞘や硯箱に、現在はお椀などに津軽塗が用いられ、日用品として重宝されてきました。この強さを生み出した要因が、何十層にも薄く重ねられた漆にあります。
漆の塗り研ぎ磨きは40回以上繰り返され、一つの作品が出来上がるまで2カ月以上かかるとされています。津軽塗の耐久性は、「バカ塗り」が故に持ちえた強みです。
また、漆には強い殺菌抗菌作用があることが科学的に立証されています。ある実験によると、漆器に菌を付着させて放置した後、菌の数が大幅に減少したという結果が得られています。加えて、漆は添加物等を含まない、100%天然素材であるため、非常に安全性が高いことがわかります。漆は直接口をつける食器などにも安心して使用できる素材であると言えるでしょう。
非常に優美な外見の津軽塗
漆の質感と独特の模様が融合して生まれるしとやかな美しさは津軽塗の大きな魅力です。
漆には上品な深みを感じる艶があります。色は漆に顔料を混ぜた色漆で表現し、鮮やかな朱色や黒、緑、黄色などを組み合わせることが主流です。はっきりとした色と漆の艶は相性が良く、漆独特の美しさを作り出しています。
津軽塗の独特な模様は代表的な4つの技法から作られます。特殊なへらを用いたり植物を活用したりすることで漆に突起をつけ、その上に何層もの色漆を重ね、研いでいくことで模様を浮き出します。
漆を何層にも重ねるため奥行きのある模様が現れることが特徴です。色や技法の組み合わせ次第で様々な模様の表現が可能となり、華やかなものからシックなものまで、表現の幅は広いと言えます。模様についての詳しい説明は後ほどご紹介しますね。
津軽塗の箸、アクセサリー、お椀などどんな種類があるか
津軽塗は様々な用途の漆器に活用されています。その中でも代表的な3つの津軽塗を紹介します。
〇箸
毎日使う箸は、丈夫で清潔、且つ手触りの良いものを持ちたいですよね。津軽塗の箸は、津軽塗ならではの優美な外見はそのままに、上記の条件をすべて満たす、機能性に優れた漆器となっています。漆を何重にも塗るため強度が高まり、漆は菌の抑制作用を持つため清潔な状態を保つことができます。加えて、しっとりと手に馴染む手触りは心地良いです。津軽塗の箸は、毎日の食事を快適に、そして食卓を豊かに彩ってくれるアイテムです。
〇アクセサリー
鮮やかな色合いの津軽塗は、小さなアクセサリーでも大きな存在感を放ちます。イヤリングやピアス、ネックレスなどの種類があり、現代の生活に溶け込むモダンなデザインが展開されています。
木でできているため軽量で、身に付けてもストレスにならないのも嬉しいポイント。伝統工芸品は敷居が高いと感じられてしまいがちですが、アクセサリーとして身につけることで、日常生活の中で気軽に伝統の技を感じられそうです。
〇お椀
お椀は日本人の食卓に欠かせない食器です。お味噌汁やお吸い物はほっと一息つく時間を与えてくれますよね。津軽塗は保温性にも優れているため、汁物を美味しい状態で保つことができます。見た目も華やかな津軽塗のお椀は、食卓に彩りと美味しさをプラスしてくれるでしょう。
ご紹介した他にも、皿や花瓶、ぐい呑み、テーブル、さらにはスマホケースなど、現代の生活の中で活躍してくれる津軽塗が多く開発されています。ぜひ、津軽塗の日用品を手に取ってみてくださいね。
津軽塗の使い方とお手入れ方法
津軽塗はその丈夫さから日常使いに適していますが、長い間美しさを保つにはちょっとした扱い方のコツがあります。ここでは洗う際と保管の際の注意事項をいくつか紹介していきます。
洗う際は、ガーゼなどの柔らかい布を水に濡らしてきつく絞り、漆器全体を拭きます。食器用洗剤は汚れがひどい場合に使うと良いです。堅い繊維類やタワシなどで擦ると、表面に傷がつくことがあるので使用は控えましょう。
新しい漆器には特有の臭いがあるので、気になる場合は、柔らかい布に少しだけ酢を加えた米のとぎ汁を付けて拭き、ぬるま湯で洗い流してください。津軽塗は長時間水の中に置いておくと、布で拭いても水分を取り切れず、水の跡が残ってしまうことがあります。水滴を付けたままにせず、拭き取るようにしましょう。食器洗浄機や電子レンジの使用は不可です。
保管の際は、直射日光が当たらず、乾燥していない環境を選ぶと良いです。乾燥しすぎるとひびが入る場合があるため、時々外気の湿気に触れさせましょう。また、年に数回しか使用しない場合は、和紙などに包んで保管しておくことをおすすめします。
津軽塗の主な種類
津軽塗には、「研ぎ出し変わり塗り」と呼ばれる代表的な4種類の技法があります。すべての技法で漆を数十回塗り重ねては研磨を繰り返す、根気が必要な作業です。ここからはそれぞれの技法の特徴をみていきましょう。
「唐塗」(からぬり)
津軽塗の代表的な技法です。4つの技法の中で最も長い歴史をもち、現在は最も多く用いられています。色彩豊かで複雑な斑点模様が特徴で、神秘的な美しさを纏っています。穴の開いたへらに漆を付け、それを素地に押し当てて斑点模様を作ります。
その上から色漆を重ねて平滑に研ぐことで斑点模様を浮き上がらせて作られます。複数の色の漆を重ねることで浮き上がる模様の色もカラフルになり、華やかな漆器に仕上がります。「唐」は「すぐれたもの」や「珍しいもの」を意味することから「唐塗」と名付けられました。
「七々子塗 」(ななこぬり)
菜の花の種を蒔き付け、乾燥後に種を剥ぐといくつもの小さな輪状の突起ができます。その上に色漆を塗って研ぎ出すと輪紋が現れるという方法です。まるで魚の卵のような模様ができるため、「魚子」や「七子」等の文字が当てられました。
七々子塗の模様を綺麗に作り出すには、漆を適した厚さや硬さに保ち種を蒔き付けることや、輪が切れないように研いで模様を浮き出すことなど、絶妙な力加減が必要になるため、熟練の技が必要な技法です。
「紋紗塗」(もんしゃぬり)
黒漆で模様を筆描きした後、「紗」と呼ばれるもみ殻の炭粉を蒔き、研ぎ出される技法です。炭粉が付着したマットな黒地に漆黒の艶のある模様が浮かび上がるシックな紋紗塗は、他の漆器にはない、津軽塗ならではの技法と言われています。シンプルで重厚感のある紋紗塗は、現代のライフスタイルと相性が良く、人気が高まっています。
「錦塗」(にしきぬり)
七々子塗の地に古典的な唐草や卍をくずして連らねたような文様の紗綾形(さやがた)を黒漆で筆描きし、錫粉(すずふん)を蒔いた後に研いで作られます。華やかで風格のある錦塗は4つの技法の中で最も新しい技法です。制作には多くの手間と高度な技術を要するため、ごくわずかな職人しか塗り上げられないとされています。
津軽塗の制作工程
ひたすら漆を塗っては研ぐ作業を繰り返しことで耐久性が増し、毎日使う箸でも10年以上その美しさを維持し続けられるとされています。その主な制作工程を見てみましょう。
1.素地作り
津軽の地で古くから入手することができた檜葉(ひば)などの木を使用して素地を作ります。
2.布着せ
漆下地の一種である本堅地と呼ばれる技法を用います。まず、素地を磨いて形や表面を整えた後、防水のために直接漆を塗布します。漆は空気中に含まれる水分を取り込むことで硬化するので、湿度の高い空間に置いて乾かします。
次に、米糊と漆を混ぜたもので布を素地に貼り付け、素地の割れや狂いなどを防ぎます。布の接ぎ目や素地と布で落差のある部分には漆を塗り、表面を滑らかにします。
3.地付け
へらを用いて最も粗い漆を塗り、漆が十分に乾燥したら砥石(といし)と呼ばれる道具で表面を研ぎます。次に中間の粗さの漆を塗り、先ほどより目の細かい砥石で研ぎます。最後に最も細かい漆を塗り、細かい砥石で研ぎます。砥石の当たらなかったくぼみ部分にも漆を塗り、乾燥したら研いで表面の凹凸を少なくします。
4.模様付け
「唐塗」(からぬり)「七々子塗 」(ななこぬり)「紋紗塗」(もんしゃぬり)「錦塗」(にしきぬり)のなどの模様を付けます。技法の詳細については「津軽塗の主な種類」の項目をお読みください。
5.上げ塗り
上塗漆をへらで均等に配し、全面に均一な厚さになるよう、刷毛で延ばしてで塗ります。
津軽の制作体験できる窯元はどこ?
青森、津軽を訪れる方はぜひ津軽塗体験をされてみてはいかがでしょうか。制作の難易度の一端を知ることができるでしょう。訪問前に必ず開催時間や条件、体験できる内容などを確認してくださいね。(以下記載は2023年夏時点の情報をもとに掲載)
〇津軽藩ねぷた村
12回塗り重ねてある漆器を紙やすりで研ぎ、模様を揃えて仕上げる体験です。制作体験の他にもねぷた囃子や津軽三味線の生演奏を聴いたり、民工芸品を購入したり、津軽料理を食べたりと、津軽を存分に満喫できる施設となっています。
箸研ぎ(赤黒)2,200円(税込)
手鏡(赤)2,200円(税込)
スプーン(赤黒)2,200円(税込)
ぐい呑み(赤黒)3,800円(税込)
仕上げのため約3週間後の発送となります。
所要時間75〜90分
営業時間9:00〜17:00
所在地青森県弘前市亀甲町61
アクセス 奥羽本線弘前駅からバスで約15分
ホームページneputamura.com/experiecce-crafts/
〇小林漆器
津軽塗の漆器産業を中心になって支えてきた青海源兵衛の直弟子、小林友三郎が開業した漆器店です。6代にわたり伝統の技術を受け継いでいます。一方で、ガラス製品やアクセサリー、家具やオートバイなどと津軽塗を融合させた、伝統的な津軽塗とは一線を画した新しい津軽塗の提案も積極的に行っています。
箸1,800円
スプーン1,800円
印鑑2,500円
仕上げのため約2〜3週間後の発送となります。
営業時間9:00〜17:00
所在地青森県弘前市東城北3-3-12
アクセス 中央弘前駅から車で約9分
ホームページ https://小林漆器.com/津軽塗の研ぎ出し体験/
〇津軽伝承工芸館
津軽の伝統工芸品の売店や津軽のグルメを味わえるレストラン、疲れを癒してくれる足湯などを併設する施設です。津軽塗の他に津軽こけしの制作体験もできます。
箸(赤または黒)2000円(税込)
所要時間60分
営業時間9:00〜17:00
所在地青森県黒石市袋富山65-1
アクセス JR弘前駅から車で25分
ホームページhttps://www.tsugarudensho.com
まとめ
職人が並々ならぬ手間暇をかけて作り出す津軽塗。独特の模様や漆の艶が生む美しさと、何年もの使用に耐える強さは津軽塗ならではの魅力です。津軽塗の漆器は、日々の生活に彩りを与えながら、長く寄り添い続けてくれる存在になるでしょう。