江戸切子

江戸切子

いつの時代も、ガラスの輝きは人の心を魅了する。江戸時代、英国から輸入されたカットグラスを見た職人が、輸入ガラスの表面に彫刻を施したそのときも、その心は光を美しく反射するガラスに心奪われていたに違いない。今も昔も、ガラスへの憧れは変わっておらず、江戸切子は日本の伝統工芸品の中でも特に人気のある工芸だ。 

 

「切子」とは、ガラスのカットによる装飾をいれる技術のこと。そして、この手法でカットされたガラスのことを指す。「切子」という言葉は、ガラスを削った時にでる「切り粉」から来ているとも言われ、その名からも江戸の粋が感じられる、そんな逸品だ。

 

ペリーを驚かせた江戸切子の技術

江戸切子の始まりは天保年間(1830~1844)である。江戸伝馬町にあったびーどろ問屋、加賀屋久兵衛が、英国製のカットグラスを真似て、南蛮渡来の透明なガラスの表面に金剛砂を使って細工を施したのが始まりとされている。1853(嘉永6)年の黒船来航の時、ペリーへの献上品の中に加賀屋の切子瓶が献上されており、その見事さにペリーが驚いた、という話も残っている。 

 

当時は透明だった江戸切子。今のような色被せガラスが使われるようになったのは、日本のもう一つの切子「薩摩切子」の影響だった。薩摩藩により推進され、ガラスの着色方法を独自に開発してきた薩摩切子だったが、その技術は西南戦争前後に途絶えてしまう。しかし、薩摩切子の職人たちは、江戸へ向かい、江戸切子の職人としてその技術を惜しみなく与えていった。現在に至る、青や赤の被せガラスの技術は、こうして江戸切子に浸透していった。

400年、絶えず受け継がれた伝統


江戸切子の魅力は、その輝きと細かい文様にある。籠目紋や魚子(ななこ)紋、七宝紋、麻の葉紋など、生活に身近なものを図案化したものが多い。これらを組み合わせて作り出された繊細な文様は、江戸の粋を今に伝えるものだと言えるだろう。 

 

江戸切子では、ガラス面に下絵として描くことはない。カットの基準となる線や点を割り付けて印をつけるだけである。職人の目と高い技術力が宿った手のみが、細かな紋様を削り出していくのである。線の太さ、深さ、バランスは職人の経験だけが頼り。しかし、江戸末期に製造が始まって400年、一度も途絶えることなく受け継がれた技術は、迷うことなく、伝統の図案を削り出していく。 

 

凛とした輝きで、日本の食卓を彩り続ける江戸切子。世界に誇る日本のガラス工芸として、世界を魅了し続けていくことだろう。

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